どしゃ降りの涙♪
セイランはしれっと寒い微笑みを浮かべた。
「僕らは人間の世界に関与はできないけれど、それでも魔軍や魔族に襲われれば自己防衛のため迎え撃つことはできる。アルカヤには四大魔王の一人が軍を進め、至るところで魔物が闊歩しているという。
なのに、その地に下りている天界の者は、今の所、僕のアンジェと妖精のオリヴィエだけなんだよ。
今からクラヴィス様が禁を破って降りるけれど、彼より下っ端の僕らが護衛で同行し、でたらめやったとしても、責任を問われるのはクラヴィス様だろ」
「お……おい、おめぇ」
「…って言うのは立て前だけどね。考えてご覧。ジュリアス様は僕のアンジェに無理難題を押しつけることによって、職務放棄したクラヴィス様を復帰させようと目論んだんだ。
クラヴィス様が動くことによって、どれだけ人界に被害がでようとだ。全責任はジュリアス様……彼の采配ミスになる。
なら、やりたい放題できるじゃないか。ね」
ゼフェルはまじまじっとセイランの顔を眺めていたが、ぷっと吹き出したかと思うと、再びばんばんと彼の背をぶっ叩いた。
「よっしゃぁぁ!! 乗ったぜ!! へへへへ〜!!
派手にぶち壊そうぜ相棒♪……まずは……おーい!! エルンスト!! データー取りに行くぞ!! チャーリー!! おめーは俺のメタルバイクに武器詰めこめ!!」
「ほんまでっか〜!!」
ゼフェルはうきうきと、恐慌を起こして悲鳴を上げだすチャーリーのいる隣の店へと走っていった。
セイランはそんなゼフェルの背に向かってこう叫んだ。
「手榴弾の試作品とか、小型の爆弾も有効だよ!! きっとゾンビが一杯いるから…火系の武器を頼む!!」
「おうよ!! セイラン!! おめーもちょっくらプレート填めるの手伝え!!」
「判った」
(これで、機動力に武器は揃ったな♪)
セイランは満足げに剥き出しのバイクの内部を覆う為、ゴーグルを填め、金属の板と熔接機械を取り出した
そして一時間後………汚れた服を着替え終え、改めてロザリア達と待ち合わせのエミリア宮に戻った彼を待っていたのは………。
「お母様……どうしてお兄様を……そんな姿になさるなんて!!」
アルカヤから戻ったばかりのロザリアが、悲鳴じみた声を上げる。
リュミエールは表情を固く強張らせたまま、抱えていた虫籠を振った。
その中には妖精族の王子……オスカー・シータスが不貞腐れて胡座をかいて座っている。
「この愚かな者は、ジュリアス様付きの女官と四人同時に付き合っていたのです。それが女性達にバレ、そのうちの一人が宮殿内でこの者に切りかかってきて……恋愛がらみの刃傷沙汰です。ああ……私は母親として恥ずかしく思います。一体この女癖の悪さは誰に似たのでしょう?」
リュミエールは、長いトーガの裾で目蓋を拭う。
「お母様のせいではありませんわ。お父様もお母様一筋ですし……元気出してくださいませ」
そんな母を労わるように、ロザリアは等身大の姿に戻り、そっと彼女の肩を優しく抱いた。
「ってことはぁ……オスカーってば、ジュリアスん所……クビ?」
オリヴィエはぷぷっと吹き出すのを隠さず、小馬鹿にしてオスカーの籠の回りをぴらぴら飛ぶ。
「うるさいぞ極楽ペンギン……全く、妖精族の栄えある騎士が、なんて格好だ!!」
オスカーは腹立ち紛れに魔力を練った火の玉を繰り出すが、ペンギンの着ぐるみを着たオリヴィエは、難なく避け、腕を組みふふーんとオスカーを見下ろした。
「あたしはいいんだって。これも皆、愛しいロザリアへの愛故なんだから!! 疲れたアンジェの心を少しでも和ませようとする私の気使いよ。あの天使が笑えばロザリアも笑ってくれる。そしたら私もハッピッピ……うふふ〜ロザリアからありがとーのキスなんか貰っちゃったりしてさぁぁぁ♪ 私達はラブラブなんだから〜…どう? 羨ましいでしょ〜」「いい加減になさいませ!! 全く!!」
「……はう!!」
べしっと良い音をたて、ロザリアの平手がオリヴィエを叩き落した。
床に顔面から落ちたオリヴィエは、身を起こすとキッと目を吊り上げて愛しいロザリアに抗議の拳を振り上げた。
「ちょっと〜ロザリアったら酷いじゃないの〜!!」
「煩い!! 別れるわよ!!」
高飛車な妖精族の王女が胸を反りぎろりと見下ろすと、ペンギンのオリヴィエは身を強張らせて小さく項垂れた。
「女一人もろくに扱えないなんてな。ざまあないぜ。馬鹿ペンギン!!」
そこへここぞとばかりにオスカーがやんやとはやし立てる。
「あんたにだけは言われたくないわよ!! この女ッ垂らしがぁぁ!!」
オリヴィエの手に火炎の玉が生まれる。オスカーも防戦するよりは攻撃タイプだ。彼も腰に吊った剣をすらりと抜き放ち、刀身に炎を集める。
第二ラウンドのゴングが鳴った。
「……何これ?……」
立ち尽くすセイランの問いに、壁の暗がりに同化していたクラヴィスは憮然と答えた。
「お前は、妖精を七人集めて来いと言った……私は要求に沿うよう努力はした……」
「…………」
即戦力で使える妖精は、ロザリアとオスカー……それと無言で佇むヴィクトール・レーパスだけだろう。
残りは生まれたてのチビ妖精…コレット・シェリー、レイチェル・リリィ、ランディ・リンクス、メル・アクイラの四人が、きゃぴきゃぴオスカーの移動器具……空飛ぶ絨毯の上でトランポリンして遊んでいる。
「貴方って、本当に役立たずなんですね」
「……う……」
クラヴィスは言葉を詰まらせたが……ふるふると首を振ると軽く咳払いをした。
「だが、オスカーは使える。なんせ、ジュリアスの一番の部下であった妖精の騎士だから……」
「そんなこと、あんたに言われなくても知ってるさ。僕はもともとジュリアス様の幕僚にいたからね……あんな女癖悪い男を連れてきて……女勇者候補を口説き出したらどうするつもりだ? アンジェの心労が増すだろ!!」
クラヴィスは、セイランにぴしゃりと冷たく言われ、ますます顔を険しくした。
「そういうお前は、今まで何をしていたと言うのだ? 文句だけなら誰にでも言えよう。私はちゃんとリュミエールに頭を下げてきた。私なりの精一杯をやったつもりだ」
「ああ、あんたが役立たずだってことは、今回で良くわかったさ。この僕が今まで何をしていたかって? あんたは僕がこのアンジェの危機に、のうのうと遊び呆けているとでも思ったのかい。だとしたらやっぱりあんたは無能だ。言っていい言葉と悪い言葉の区別もつかないんだからね」
一言言われれば、四倍にして返す。これがセイランの流儀だ。
そして彼はまたもやクラヴィスの眉間に銃口を突きつけ微笑んでいる。
クラヴィスは無言だった。顔は冷静そのものだったが、額から一筋冷や汗が流れ落ちていき、彼の心の動揺を如実に表していた。
バーン!!
ガラガラガシャーン!!
爆音が鳴り響き、扉がブチ破られる。
エミリア宮の柱を気前良く倒しながら、メタリック・シルバーの大型四人乗りバイクが突っ込んでくる。
「よう!! 準備できたか♪」