二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

徒花の意義

INDEX|2ページ/3ページ|

次のページ前のページ
 

誰しもに訪れる絶対的な別れである事を、マニゴルドは嫌と言うほど知っていた。

……その事象に哀しい程に憧れ、深く憎む彼をまた、アルバフィカは知っている。

そうやって死を見つめて生きる男が彼の孤独を識ったのは何の因果だったのだろう。
今となってはもう解らない。
ただ、口に出した事も態度で示した事すら無かったが、
恐らく彼がこの身の孤立を厭ったのと同じ位に、アルバフィカは彼が死に囚われない様望んでいた。
それを見届けられないと言う事実に思い至って、麗人は少しだけ眉を寄せる。
後悔を遺すわけにはいかない。
遺された者の為にも。
……暖かかったであろう掌の熱すら感じない己の身の程を、弁えるべきだと。

一歩引いて身を離すと、触れていた手もあっけなく離れた。
アルバフィカはそのまま身を翻し、列へと戻る。
死者を喰らう冥府の穴の引力は強力だ。
黄金聖闘士といえど、長らく逆らう事は出来ない。
止まる意思を無くせば自然と体は動いた。
もう告げる事は無い。交わす言葉も無い。
もはや失われるだけの者と関わって得るものなど無いのだと、言外に示してアルバフィカは歩みを進めた。

遠ざかる背中。
あぁ、失われてしまうのだとマニゴルドは思った。
歩いていく背中を幾つも見送った。
だから解る。
これで最後だ。
最後なのだ、と思ったら意識の外で口が言葉を紡いだ。

「なぁ、アルバフィカ!」

単純すぎる、名前での呼びかけ。
溶け落ちそうな彼の意識に投げかけられた声が、それに含まれた強さが拡散した意識を明瞭にする。
思わず、アルバフィカは立ち止まってしまった。
何だというのだろう。
これ以上の遣り取りは無意味以上か害を成しかねない。
アルバフィカはマニゴルドに死に囚われて欲しくないし、死者に入れ込んでも欲しくないのだ。
だからほんの少し憤って、黄金を纏って立つ男を振り返る。
視線の先の男は、酷く真面目な顔をしていた。
こんな彼の表情も初めて見る様な気がして、
死んでから初めて認識する物が幾つもある事実にアルバフィカは苦笑を噛み殺す。
当然だ、沢山の物に目を背けてきたのだから。
触れられぬように触れぬように、彼は生きてきたのだから。
それを悔いてはいない。
けれど今、何一つ取り返しがつかなくなってから目にするのは少し痛かった。
今目にした全てを、何かに生かすことも彼にはもう、出来ない。

だから何も生み出さないのはお互いに解っていた。
それでも、彼は言葉を継ぐ為に口を開き、彼は足を止めたままそれを待った。

「なぁ、もし……」

マニゴルドが口にしたそれは、本当に今更で無意味な問い。
死者への手向けでも祈りでも無いむしろ呪いめいた言葉。
戦う者としては相応しくない、小さくて重い問いかけ。

「もし俺がお前の事、好きだったなんて言ったらどうする?」

息を飲む微かな音が、

確かに響いた。

「……馬鹿が」

沈黙の後、呆れた様な声色が落ちる。
死したる魚座はぽつりと呟き、初めてマニゴルドに向けて笑ってみせた。
それはどこか泣きそうな、見る者の心を掻きむしるような、痛くて綺麗な笑顔。
初めて見る笑顔がそんなものなのが哀しくて、それでも何処か嬉しかった。
漸く見ることが出来た笑顔を記憶に焼き付ける為に、マニゴルドはアルバフィカに視線を注ぐ。

それを受けて、アルバフィカも、そっと口を開いた。
これ以上の悔いを残すなど愚かだと解っていて、
それが今更何も生まないのを知っていて、
それどころか枷すら生み出す可能性もあると理解して、それでも。

「……、知っていた」

痛みを帯びて微笑んだ唇から滑り落ちた言葉に、マニゴルドは絶句する。
自分の想いを察せられていた事には、何となく気付いていた。
故に言葉だけならば此処までの衝撃はなかっただろう。
だが、その言葉にはただ文字が持つ意味以上の想いが、切に篭められていた。
マニゴルドが初めて聞く、茨に閉ざされた先の花弁の柔らかさを持った声。
それに乗せてアルバフィカはただ、そっと。
言葉の外で、同じ想いを持ち続けていた事を告げた。

「……マジかよ」

笑わえねェ、と歪んだ笑みを浮かべるマニゴルドは、その一瞬だけ蟹座の黄金聖闘士では無く、ただ一人の男に見えた。
アルバフィカは目を伏せて心中で女神に詫びる。
ほんの一瞬でも、女神の聖闘士を失わせてしまった事に。
そして、ほんの一瞬でも己が女神の聖闘士であるのを忘れた事に。

ほんの僅かでもそれを、喜んでしまった事に。

罪科がまた増えたな、とアルバフィカは自嘲した。
裁くべき地獄の判官を統べる長は既に彼によって喪われているが、それは何の意味も成さないだろう。
女神を裏切り続けるのは忍びなく、アルバフィカは聖闘士としての自分を取り戻す。

「……早く戻れ。そして、聖戦を全うしろ」

最後に厳しくそれだけを告げて、そしてアルバフィカは笑った。
ただ、綺麗に。
泣きそうに揺れる心を飲み込み、ただ、優しく。
せめて、この後少しでも痛まぬようにと。
黄金聖闘士、魚座のアルバフィカとして、仲間であるマニゴルドへと最期に出来る事は、それしかなかった。
彼の節介をアルバフィカは疎んでいたが、同じ位に有り難く感じていたのだ。
その礼すらもはや返せない事を、アルバフィカはほんの少し、一瞬だけ悔いた。

「ッ、アル……!」

叫んで、伸ばしかけた手をマニゴルドが自ら止めるのと、アルバフィカが咄嗟に身を引くのとは殆ど同じだった。

これ以上触れ合っても、互いに生者と死者の間に隔たる壁に絶望するだけだ。
それを知っているからこそ、二人は無言で見つめ合う。


そうして、アルバフィカは今度こそ身を翻した。
マニゴルドは無言でそれを見送る。
静かな葬列に向けて歩を進める美しい背中が離れていく。
アルバフィカは美を称えられる事を嫌ったが、それでもやはり彼は純粋に美しいと感じた。
何に惹かれたのかなど、明確な答えはもう思い出せない。
届いていた想いと彼の答えを知っても何もかもが今更で、もう彼との間には手を伸ばしても触れられない距離が開いてしまった。

告げなければそのまま消え失せた筈の慕情を吐き出し、
何一つ取り返しがつかない状況で、痛みを伴う傷を作った。
彼に悔いを残し、己にも悔いを残した。
成る程確かに、これでは罵られた通りの馬鹿だ。
それでも、これをただの枷にはしないとマニゴルドは思う。
男が気付かぬ間に彼の孤独を少しでも紛らわせる事が出来ていた様に、
彼の存在は少なからず、死と言う絶対の、絶望的な理から男を救い上げていたのだから。
この痛みは、きっと最期まで生き抜く糧になる。
それが、最期に恐らく信念を違えてまで男へと想いを遺してくれた、彼へと捧げられる唯一の手向けだと思った。
そうしてマニゴルドは心の中で彼の名を呼ぶ。
強く刻まれた美しい笑顔を、思い浮かべながら。


闇に溶ける。
意識が拡散して、溶けていく。
何一つ温度を感じなかった筈の魂が、今は酷く寒い。
これが死か、と漠然と思うと同時に、青年は視界が閉ざされるのを感じた。
漆黒の暗闇の中、ただ落ちていく感覚。
それすら失われていく中で。
作品名:徒花の意義 作家名:せいは