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灰色の天使

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 バゼットの心がひとつ波打った。たとえば、あの光景のなかに自分が入っていったとしたら、他人からはどう見えるだろうか。たれこめた雲の重さも灰色に染まった街の翳りも感じさせない、幸せに満ちた家族連れに見えるだろうか。そんなはずはない、言峰が普通の人間がするような顔つきを見せている時点で何かがおかしいのだと理解していながら、バゼットは自分だけの空想に耽った。
 言峰が子供の頭に手を置き、褒めるように撫でた。子供がはにかむ。どこにでもある、平凡な優しさの風景の上で、女神が大きな羽根を広げている。
 あの微笑みをバゼットは知らない。その意味するところを知らない。たとえ奸計に嵌っていたとしても、得体の知れない感触を覚えるのを承知の上で、あの優しさと寛容をいちどは向けられてみたいと思った。
 つと、子供の顔がこちらを向いた。バゼットは驚きを隠すのに苦労した。子供が嬉しそうな笑顔を見せる。まるで長い間会えなかった母親が会いにきてくれたような、願いがかなった喜びと会えなかった切なさが混ざりあった表情が、まぶしく輝いていた。
 子供が風船を持ったまま駆け出した。バゼットに愛らしい笑顔を向け、まっすぐに走り寄ってくる。その後ろで言峰も立ちあがった。ふたりの視線が、そして笑顔が自分に向けられていた。まるで邪気のない、優しくておおらかな言峰の笑みが、自分を向いている。
 バゼットはふたりの姿を目の端にとらえたまま、動けなかった。つめたく乾いた風が頬をなぶる。いちど目線を外して戻すが、ふたりの姿は変わらないままだ。確かに子供も言峰も、自分を目指してきている。バゼットは目を細めた。これは女神の悪戯だろうかと本気で考えていた。堂々とした女神の翼が現実を振り払い、お伽話にも似た夢のような舞台を用意してくれたのかもしれない。曰く、自分は特殊な仕事のために長く家をあけてきた母親で、厳しい任務の合間にようやく時間ができた。子供は母親に会える日を指折り待ち、この日は会えるのだと父親になんども念を押す。父親は子供を叱ることもなく、優しく同意してくれる。母親は手配されていて自宅には戻れず、子供と父親は追っ手の目を逃れて延々と遠回りをし、待ち合わせ場所の広場にたどりつく。そして今、父子が待ちわびた母親があらわれる。周囲をうかがうような、それでも会えた歓びを隠しきれずに、子供と父親が向かってくるのを待っている。
 子供が近づいてくる。その後ろでは言峰が、再会を祝うようにあたたかな笑みを見せている。バゼットはコートのポケットから手を出しかけ、仕舞い、ふたたび手を出した。現実と空想の境をさまよったあと、子供の歓喜を受けとめてやろうと差し伸べかけた。
作品名:灰色の天使 作家名:光部