封筒
背中に違和感を感じて、私は目を見開きました。開いたところで、背中の辺りが見えるわけもないので、思考を巡らします。ポチくんにしては、大きすぎるそれ。私の足までをも絡め取って、両手をぎゅっと握られて。まるで、抱きしめられているよう。
(この家には私以外誰もいないはず。だったら、いや、彼が来るわけないのに)
私は結局、便箋に何も書くことが出来ませんでした。空の封筒に封をして、赤いお化けの口へすとん。
お化けさん、お化けさん、私は何も書くことが出来ませんでした。情け無いですね。ですが、封筒は用意しました。
どうかこれだけでも届けてはくれませんか。
私は握られた手を解こうと、指を動かしました。
「…キク?」
私は呼ばれるや否や、仰向けにされました。直後に、ぎゅうと強く抱きしめられました。
「キクっ、」
(アーサー、さん…?)
私は驚きのあまり、口をぱくぱくさせたまま声を出すことが出来ません。ひゅう、と喉を通る冷たい空気が私の口内を渇かします。
「…っ、よかった」
「…アーサ」
「なにやってんだよ、ばか」
そう言ってアーサーさんは私を更に強く抱きしめました。
そして、ごめん、そう呟きました。
「なかなか会いに来れなくて、ごめん」
「……」
「会いたくて送ってきたんだろ?」
「…あれは、そんなものではありません」
「違うのか?」
「違います!あれは…別れを言うために出した文ですッ」
「…別れ?」
身体を勢いよく離すと、一変してアーサーさんは不安な声を出しました。そうです、別れです。顔をのぞき込んできましたが、目を合わせまいと私は顔を逸らしました。
「仕事で忙しくて会えないのは分かります。それは私も同じですから。けれども、時に不安になるのです。恋しいと思うけれども、相手方の気持ちを確かめる術がありません。そうして辛くて、息が詰まりそうになるのです。こんな気持ちを抱き続けていては、私はもう壊れてしまいそうで」
「……」
「だからいっそのこと、別れてしまえば」
逸らしたはずの顔が、ぐいと向きを返られて、ペリトッドの瞳と目が合いました。涙をいっぱいに溜めた瞳は、月明かりに照らされて、更に美しさを増していました。
「ばか!お前ばかだろ!そういうときは、別れるとか言うんじゃない。会いたいって言うんだ」