Lion Heart
Episode:4
イギリスは、承認式を終えるとあの空間に居る事が耐えられずフランスが用意したゲストルームへと急いだ。
(早く、この場から消えたい。あいつの顔を見ずに済む場所に行きたい。)
そう強く願いながら長く広い廊下を駆けた。
やっと辿りついたゲストルームに飛び込むと誰も入って来れないように鍵をかけ、扉の前に椅子を移動してバリケードを作った。
「ハハ、これでそう簡単には誰も入ってこれねぇぜ。」
急いで部屋に戻りその勢いで力仕事をした為、息を切らせその場に座りこんだ。
「ざまぁみろ!ハハハ・・・。」
イギリスは、座り込んだまま膝を抱えた。
(認めちまった・・・。)
*
この日が来る事は、あの雨の日から分かっていた。
そして、手放す事を許したのは自分自身だ。
始めは、ただの反抗期だと自分に言い聞かせた。
そのうち、自分の手から砂が落ちる様にアメリカは、オレの手を必要としなくなった。
アメリカの成長は、保護者としては嬉しかった。
だが、その半面でいつも自分の中に大きな暗い不安が付きまとっていたのも事実だった。
その不安は、日に日に大きくなっていつの間にかアメリカと距離を置くようになっていた。
だからあの日、アメリカが独立したいと言い出した時に心のどこかで思っていた。
(ああ、やっぱりな・・・。)
*
膝を抱えたまま、イギリスはまたぶり返す記憶に視界が涙でぼやけた。
コンコン・・・。
しばらく後、背後で扉をノックする音が響いた。
「・・・。」
イギリスは返事はせず、ただきつく膝を抱いた。
「イギリス、そのままでいいから聞いて欲しいんだ。」
いつものアメリカなら、無理やりにでも扉を開けろと騒いだだろう。
だが、扉の向こうからは無理やり開けようとする音は聞こえてこない。
「・・・。」
「確かに、今のオレは君を裏切った許せない存在かもしれない。だけど、これだけは信じて欲しい。」
アメリカは、わずかに震える声でイギリスに話し続けた。
「・・・。」
「イギリスがずっと傍にいてくれた事、与えてくれた事を忘れたわけじゃない。今は、オレの気持ちをどう伝えればいいか分からないけど・・・。」
そこまで、話すとアメリカの会話が途切れた。
イギリスは、ただ静かに聞いていた。
「・・・ずっと一緒に居た今までのこと、全部含めてオレにとっては大切なモノだったんだぞ。」
「・・・。」
僅かな沈黙の後、扉の向こうから響く足音は、遠ざかっていった。
「言いたい事、言ってんじゃねぇよ・・・バカ。」
イギリスは、膝に顔を埋めたまま小さく呟いた。
*
翌朝、昨日と同じようにフランスがイギリスの部屋へ訪れた。
「おい、イギリス。居るか?」
コンコンと、ドアをノックするが反応は無かった。
「いい加減、諦めろ。また、格好つけて栄光ある孤立とか言いだすなよ。」
フランスは苦笑しながらも、もう一度ドアをノックした。
ガチャ・・・。
「うるせぇ、何度も叩くんじゃねぇよ。」
イギリスは、ドアを開けると正装した姿でフランスの前に現れた。
「なんだ、ふっ切れたのか?」
フランスは、昨日とさして変わらない状況を想像していた為か、少し拍子抜けした。
「お前に関係ないだろ。」
イギリスは、不機嫌そうに返す。
「ま、承認の引き継ぎは今日までだし、お前達がその後どうなるかは、お兄さんには関係ないけど。」
フランスは、それだけ言うと先に行くと付け加え会議室へと去っていった。
「アイツ・・・。」
イギリスは、フランスの背中を眺めて呟いた。
「あの・・・、イギリスさん。」
「!」
フランスの背中を見送るイギリスの背後から突然声をかけられイギリスは、ビクっと硬直した。
「か、カナダか・・・。どうしたんだ?こんな時間に。」
イギリスは、予期せず訪問者に驚いたものの少し安心したように目元を綻ばせた。
「フランスさん。イギリスさんの事が心配だったみたいですね。」
「そうか?まぁ、今回の件ではアイツは監督側だからオレがボイコットするんじゃないかと釘を刺しに来たんだろ?」
「そうでしょうか・・・。」
「ああ。だから、心配するな。」
フランスの訪問にイギリスも気になったが、カナダの言葉にいつもの事だと軽くはぐらかしイギリスも会議室へと向かった。
(この承認式が終わればいずれカナダもまた、アメリカと同じ行動をとるかもしれない・・・。)
イギリスは、会議室へ向かう廊下を歩きながらさらなる不安を感じていた。
(もともとカナダは、フランスと過ごしていたのをオレが奪ったも同然だ・・・。カナダがフランスの心配をするのも仕方ない。)
イギリスの中で消えない不安の影は、更に暗く重くまた広がり始めた。
(カナダがアメリカの様にフランスに頼る可能性は、捨てられない・・・。)
イギリスは考えに夢中になり、目の前にアメリカが立っているのにも気づかずに廊下を歩いた。
「わ・・・ぷっ。」
「おっと・・・。」
速度を落とさずに歩いていたイギリスは、勢いよくアメリカにぶつかった。
その拍子に体制を崩したイギリスをアメリカが手を伸ばし支えた。
「危ないじゃないか、イギリス。」
「・・・悪い。」
アメリカに助けられた事と昨夜の事でイギリスは、激しく動揺したが短くそれだけ言うとアメリカの腕から逃れた。
「そんなに警戒しなくても大丈夫なんだぞ。」
「!」
アメリカは、少し寂しそうに苦笑した。
「なっ・・・!」
一瞬、イギリスは言いかけて言葉を飲み込むと、アメリカを避けるように会議室へと入った。
アメリカは、その後から小さくタメ息をつくと自分も会議室へ入った。
「今日は、細かい書類の受け渡しと確認だけだ。」
アメリカが部屋に入るとフランスが声をかけてきた。
「じゃあ、フランス。オレの書類はこれで全部だ。明日の早朝には、ここを出る。」
「わかった。確かに、全部揃ってるな。」
あらかじめイギリスは、事前に書類を準備していたのだろう。
フランスに書類を渡すと、イギリスはそれだけ伝えて部屋を出ようと扉へ向かった。
「イギリス、帰る前に話が・・・。」
それ違いざまにアメリカが、イギリスに声をかけた。
「オレには、話す事はない。」
「・・・。」
イギリスは、眉一つ動かさず表情を隠した目でアメリカに振り向くと、そう言ってアメリカの言葉を遮った。
「どうしても、話したいんだったら今度からは会議の時にしてくれ。」
そう付け加えて、イギリスは部屋を出て行った。
「今は、何を言っても無駄だ。昨日、言っただろ。」
フランスは、タメ息交じりにアメリカに声をかけた。
「・・・無駄じゃないさ。これから先、どれだけ時間がかかっても今の関係じゃない関係を作ればいい。」
アメリカは、そう言うと書類を確認し始めた。
「・・・。」
フランスは、アメリカの反応に言葉なく、イギリスが去った扉に一瞥すると受け取った書類に目を通し始めた。
*
「フランス、これで書類は全部かい?」
アメリカは、フランスに必要な書類を渡して不足は無いか確認した。
作品名:Lion Heart 作家名:815