現実を嗤う
04.180秒の魔法
争いの日々に揉まれていたせいか、俺が一度死んでから生き返ったという事実はあまり知られていないようだった。街へ買い物に行っても特に怪しまれないし、孫悟飯の霊が化けて出たという噂も耳にしていない。誰が咎めなくても、生き返るということは、決して正しい事ではないような気がしていた。まだ本当に自分が生きているのかどうか確信がもてない時もある。妙な浮遊感を感じて、もしかしたら俺は幽霊なんじゃないのかとさえ思う。
そして、トランクスにも少なからず悪いことをしているような気がしていた。それというのも、トランクスの些細な態度が気にかかり、俺がそれをブルマさんに相談したことから始まった。一日の仕事を終え夕飯を作っているブルマさんの脇で、ブルマさんに頼まれた簡単な仕事をしながら俺は話をした。
「この前、街に買出しに行ったじゃないですか。あの時に、トランクスの前でちょっと躓いちゃったんですよ。」
俺がそう切り出した時点でもうブルマさんは笑っていた。真面目に聞いてくださいよ、と俺が言うと、ブルマさんは、それじゃあの子変な顔しなかった?と聞き返してきた。俺はまさにその件について意見を聞こうと思っていたところだったので、やっぱり母はすごいなぁ、と呟いてしまった。ブルマさんの話によれば、俺が以前生きてトランクスの師をしていた頃、彼は俺にどこか厳かなイメージを抱いていたのだという。だからこそ戦いの場から一抜けしてしまい、腑抜けになった俺を見て失望することも多いのだろう。という意見だ。腑抜けという言葉からもうかがえるように、ブルマさんは俺がトランクスを生かすために先に死んだ事をずっと怒っていたらしい。生き返ってからもよく冗談混じりに注意されている。あたしが取り返した命を粗末にしたら許さないわよ、と。俺が、どうしたらいいんでしょうね、と訊くと、ブルマさんは腰に手を当てながらさらりと答えを返す。
「もう少しトランクスの前でかっこ悪いあんたを見せてごらん。」
「かっこ悪い俺ですか。」
「そう。余裕が無いところとかね。悟飯くんは前に大人になりすぎたのよ。今、少しだけ子供になりなさい。」
ブルマさんのアドバイスはとても難しいことのように思えた。俺は以前生きていた時もありのままのつもりだったし、今すっかり大人になってしまった自分が子供に返るというのはどうなんだろう。うんうん、と一人で唸っていると、鍋をかき混ぜながら小さく笑うブルマさんの声が確かに聞こえたのだった。
兎にも角にもトランクスに生き返った俺を受け入れてもらえない限り、悩みも尽きないのだろう。まさか自分の事をどう思っているかだなんて直接訊くわけにもいかず、どうするべきかと考えていた。そんな午後に、カプセルコーポレーションの庭の大木の下で横たわっているトランクスを見かけた。また倒れてしまったのでは、と慌てて近寄ると、規則正しい寝息が聞こえた。どうやらただ眠っているだけのようだ。一安心して、彼の隣にそっと腰を下ろす。眠っている顔は成長しても変わらずそのままで、その事が俺には嬉しかった。じっと寝顔を見ていると、トランクスが目を開いた。そして俺の顔を見るなり目を閉じて一筋の涙を流した。その涙は間違いなく俺を見て流れたものであり、理由はどうであれ彼を泣かせてしまったのだと罪悪感を感じた。指先でそっと涙を拭う。泣くなよ、と言えば、すみません、と口ごもるようにトランクスは呟いた。もしかしたらまだ眠っているのだろうか。
「好きです。悟飯さん。」
しばらくの沈黙の後に、不意にトランクスが目を開いて、はっきりと言葉を発した。青の瞳に俺は昔を思い出した。何かを俺に伝えようとするあの目だ。ようやく今となって、言葉になって溢れたらしい。
「俺のことを?」
「はい。」
「俺を俺と思っていないのに?」
俺がそう言うと、目の前の青年は酷く傷ついた顔をした。そんな顔を見ているのに、まだ愛おしいだなんて病気だろうか。俺はずっと前から彼をこんな風にいじめてみたかったのかもしれない。なんてことだ、本当に子供臭い心理じゃないか。よくわかりません、とトランクスは言った。濡れた青は再び閉じて、彼はそれを隠すように両腕で顔を覆った。
「悟飯さんが好きで、でも死んでしまったからもう会うことは無いと思って、この言葉を言うこともないと思っていたんです。だから、今こうして言葉にしている理由がよく分からないんです。」
すみません、ごめんなさい、ごめんなさい。悟飯さん。ごめんなさい、と彼がもう一度言おうとした唇を塞ぐ。両腕を無理矢理顔から引き剥がして押さえつけた。その青の目がもっと見たいと思った。口付けてその声を塞いでいるのは自分のくせに、何度も名前を呼んでほしかった。トランクスに名前を呼ばれる度に、自分がきちんと昔の自分の体に戻っていくようで、酷く居心地が良かったのだ。
(思った以上、いとも容易く崩れ去る)