地に墜ちた神3
どこかで大きな力の衝突が起きている。僕はただぼんやりと崖の上からその力の衝突を眺めていた。
片方はいざや様だけど、もう一人の方は誰だろう。どこかで感じたことのある力だとは思うけれど、思い出せない。僕は小首をかしげたが、どうでもいいと首を振った。
(いざや様が負けるはずがないもの・・・)
僕は頭上に広がる蒼天を見上げ、足下に広がる深緑を見つめた。ここは森が一望できる僕の好きな場所の一つ。
僕はすべて、というわけではないけれど思い出した。僕が何者なのか、どうしてここにいざや様と二人っきりでいるのかも。
記憶を思い出しても、僕は竜になり空へ帰りたいとは思わない。だって、そうなったらいざや様にはもう二度と会えない気がするから。僕は苦笑を漏らす。
(僕って竜失格だよね。でも、やっぱり僕はいざや様のそばにいたいんだ・・・)
竜とは本来、生きとし生けるすべての生き物に平等で生命の水を降らす。その竜である僕はたった一人の、それも己を浚った相手のために存在しようとしている。
(赦されなくとも別に良い。僕は彼のそばにありたいんだから・・・)
僕の人生だ。僕が決めて何が悪い。そう心に決めた僕の後ろで、この森で今の今まで感じたことのない気配が蠢く。
とっさに僕は、後ろを振り返った。
ガサガサと草をかき分ける音が、段々と近づいてくる。竜の記憶が戻ったとしても力が戻ったというわけではない。
(いざや様が戦っている方の仲間・・・、と考えて良いよね)
生つばを飲み込む。そして、人影が。
「帝人!」
「ぁっ・・・」
草むらか出てきたのは、記憶にある金色の竜であり、親友の姿。僕は驚いた次の瞬間、歓喜の涙をこぼす。
「正臣・・・・!」
正臣もなんだか泣き出しそうな顔だ。僕と正臣はかけより、お互いを抱きした。
「正臣まさおみ・・・・!」
「帝人っ・・・・!」
いたいくらいにお互いを抱きしめるけれど、僕と正臣は離さない。服が互いの涙で濡れても気にならなかった。
だけど、僕は正臣の言葉に涙を止めた。
「安心しろ帝人!もう大丈夫だ!俺たちはお前を迎えに着た!」
「ぇ」
正臣は何を言っているのだろう。何を、目の前の友人は言っているのだろう。
(俺たちって・・・もしかしてっ)
僕は正臣から体を離し、先ほどから感じている莫大な力の方を見つめる。
その僕の態度を不安がっていると勘違いしたのだろう、正臣は自信に満ちた顔で僕に笑った。
「大丈夫!静雄さんが今あいつとやり合ってるけど、あの静雄さんが負けるはずがないからさ!」
静雄さんの名前に僕は血の気が引いていくのが解った。
(どうして解らなかったんだ・・・!この気は確かに静雄さんのものだっ・・・・!そんなっ)
焦りが僕を支配していく。静雄さんは雷神とさえ謳われる力の神。守りを司る臨也さんで五分と五分。
だけどそれは臨也さんが万全の状態だったらの話。長い間ずっとこの鎮守の森に結界を張っていたから、力の消耗がひどい。今の臨也さんにとって状況は・・・不利。
「帝人、ここにいたら危ない。すぐに杏里たちも来るからどっか別の場所に」
正臣が僕の腕を引いて、この場所から離れようとする。僕は正臣の腕を振り切った。
そして、崖の下へと飛び降りる。正臣の絶叫が見耳こだました。
(なんだこれ・・・・)
今までに感じたことのない浮遊感が僕を襲う。血が沸騰しているかのように体全体が熱い。
体に当たる風がとてもいたくて冷たかった。
なぜだろう。いつも天高く君臨している空がとても近いように感じる。下を見れば、鎮守の森の緑が広がっていた。
(あぁ・・・・僕は今空を飛んでいるんだ・・・)
そこでようやく理解する。そして理解した僕の頭の中にはただ一つの言葉しか浮かんでこなかった。
僕は無我夢中で、『いざや様の傍に』という思いだけで空を飛ぶ。