地に墜ちた神3
力と力をぶつけようとしたその瞬間、大きな突風が吹き荒れ、陰が俺たちを包み込む。
俺とシズちゃんは同時に空を見上げた。驚きで瞳が見開かれる。同時に苦笑が漏れた。
鮮やかな蒼天の鱗。黒いたなびく鬣。そしてこの世のどんな物よりも美しい瑠璃色の瞳。
(あぁ・・・・とうとうなっちゃんたんだね・・・・)
竜の子よ。とうとうその姿になってしまった・・・。俺の手元に堕ちる前に、天へと上っていってしまうのか。
泣きたいのか笑いたいのか解らない感情のまま、俺はそこに立ち尽くす。
視界の端でシズちゃんが特攻してくるのが解ったが、それももはやどうでも良かった。
だって、帝人くんは俺の手に戻ってこない。足下から崩れ落ちたい気分だった。
そのとき竜の咆哮が響き、また突風が吹き荒れる。
強風のために閉じていた瞳をあげると、目の前には愛おしい子供の姿。
「いざや様!」
帝人くんが駆け足になりながら、俺の側まで来る。あぁ、どうしてそんな痛そうな顔をするの。
俺の崩れゆく体を支えることができずに、一緒に地面に膝をつきながら、帝人くんは泣きそうな顔。
(そうか・・・。帝人くん。俺にお別れを言いに来たんだね。だからそんな顔をしてるんだ・・・)
「いざや様こんなに血がっ!静雄さん!」
帝人くんは突風で吹き飛ばされた化け物に声を荒げる。化け物は肩を押さえながら、こちらを呆然と見ていた。
ぎらりと光る瑠璃色の瞳は、俺が今まで見てきたどの宝石よりも美しい。
「・・・・よくもっ」
「み、帝人・・・・?」
「後で覚えておいて下さい」
帝人くんの言葉に、俺は息が詰まる。唇がわなわなと震えて震えが止まらない。
後で、ということは行ってしまうということだろ。この俺をおいて。君は、空へと舞い上がっていくのだろう。
俺は、もう戻れない。地に墜ちた神。
(・・・・いやだ・・・いやだ・・・いやだいやだいやだいやだいやだっ)
ぐっと歯を食いしばる。血の味が広がるけれど気にならなかった。
飛んで、いってしまうなら。俺の手に落ちてこないと言うのなら。俺は・・・。
「みか、どくっ・・・」
俺は腹に力を込めて、血でぬれている手で彼の頬に触った。帝人くんの真っ白な肌が血で染まる。
そのことに俺は暗い安堵を覚えた。
「いざや様!?しゃべらないでっ!」
俺の手を払いのけるでもなく、帝人くんは俺の手を自分から頬に押し当ててきた。
ふっと、笑みがこぼれる。
そして、俺は隠し持っていた最後の小口で帝人くんの真っ白な首に、斬りつけた。
紅い鮮血が俺の顔を汚す。俺の体を支えていた帝人くんの腕が、体と共に地へ倒れ込んだ。
「いざやさ・・・ま・・・」
綺麗な瑠璃色の瞳から大粒の涙が一粒。力なくのばされた帝人くんの腕は、俺に触れることなく力尽きた。
「いざやぁぁぁぁっ」
獣の慟哭が、静かな鎮守の森に響き渡る。