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ネイビーブルー
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たとえばの話をしよう

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 輝かんばかりの笑顔で話しかける彼は、一体いつの彼だっただろうか。
「そうだな、次はもう少し低いところに行こう」
 三ヶ月前の彼は、ルシフェルの言葉に嬉しそうに頷いた。


 *


 何か話をしてくれとせがまれた。普段はこちらから「話をしよう」と言っても聞かないのに、珍しいことだ。
 夜、これも珍しく、戦いのない日のことだった。いつものように、野外で横になるイーノックの隣にルシフェルは腰を下ろす。天使は眠らなくても問題ない。だが、人間は眠らなければ最高の力を出すことは出来ない。不便な存在だ。よって旅の途中は、寝るときはいつもこうしてルシフェルが隣で番をすることになっていた。
 今夜の彼は、目を瞑ってしばらくしても寝息が聞こえてこなかった。移動だけに一日を費やしてしまうと、あまり体力を使わないので寝付きが悪くなるらしい。
「何か話をしてくれないか」
 寝物語を催促する彼に、それではとルシフェルは一つの話を思いついた。未来の話である。
「そうだな。これは、リドル・ストーリーというものだ」
「リドル・ストーリー?」
「ああ。大まかにしか覚えていないので、ざっと説明するが――ある所に、一人の青年と一人の王女がいた。彼らは身分の違いにもかかわらず、愛し合っていた。だがそのことが王様にばれ、青年は王族を拐かした罪で死刑になることになった」
「死刑? 愛し合っていただけで?」
「王族というのは、何かと不便でな。まあ、身分違いの恋はしないほうが良いということだ。――しかしその国には、珍しい制度があった。死刑に決まった罪人は、コロシアムに連れて行かれる。そこで、二つの扉を選ばされるんだ」
「コロシアム?」
「人と人や、人と獅子などが戦う様を眺める闘技場のことだな。――一つの扉を開ければ、そこには虎が待っている。もしそちらを選べば虎が出てきて、青年は闘技場で虎に食い殺される。」
 イーノックは地面に横になりながら、その場面を想像したのか身震いした。
「武器は?」
「ないさ、もちろん。だから絶対に逃れられない」
「……恐ろしいな。それで、もう一つの扉は?」
「ああ、その中には美女がいる。そちらを選んだ場合、罪人は神に祝福されたものとして、罪を許され美女と結婚することが出来る」
「なるほど。天国と地獄だな」
 眠気などすっかりどこかに行ってしまったのか、眉を顰めるイーノックの顔を見て、ルシフェルは口元を緩めた。
「ああ、まさにな。……この話が面白いのはここからだ。さて、青年の恋人であった王女は、虎と美女の入っている扉を知っていた。青年を助けようとして、王様が話していたのを盗み聞きしたんだ。それで、闘技場の閲覧席から青年に合図を送ろうとして――そこで気づいた」
「どんなことに?」
「もし美女の扉を教えれば、青年の命は助かる。だが青年は美女と結婚してしまう。王女はそれに堪えられなかった。……どうせ結ばれぬならいっそ、虎の扉を開けと合図して、青年を食い殺させてしまおうか。青年が美女と結婚するのと虎に食われてしまうのと、どちらがより、堪え難いことか?」
 イーノックが息を呑む。
「女か虎か? ……こういう話だ」
「け、結末は?」
 急き込んで尋ねる彼に、ルシフェルは首を横に振った。
「話はここで終わりだ。明確な結末を与えない、リドル・ストーリーとはこういう手法の話なんだ」
 多少不満げな顔をした彼に、ルシフェルは「さて」と言った。
「もしお前が王女の立場だったら、どちらを選ぶ? 女か……王女が男なら、これは男にすべきか。では、男か虎か」
 イーノックは体を起こした。寝ないのかと尋ねると、「あなたがそんな話をするから、眠れなくなってしまった」と頭を掻く。このままだと明日、寝不足になるのだが……まあいい、あと一時間したら無理矢理でも寝かせることにしよう。
 しばらく考えていたらしい彼は、「あなただったらどうする」とルシフェルに問いかけた。
「私か」
「ああ」
「そうだな。私は恋をしたことがないから、よく分からない」
「そんなことを言ったら、私だって分からないよ」
 お互いにちょっと笑って、「じゃあ……仮に青年をイーノックだとしよう。そうしたら、私はどちらを選ぶかな」と冗談めかして言うと、イーノックはぽかんとして、それから「え、あ」と戸惑いの色を浮かべた。
「どうした?」
「いや、何でもない」
 様子のおかしくなってしまった彼をのぞき込むと、彼は日焼けした頬を一瞬にして赤く染め、慌てて少し後ずさった。……少し嫌な予感がしたが、気のせいだと無理に思い込む。
「私なら、女を選ぶな」
 ルシフェルは言った。
「なぜ?」
「天使が虎を選ぶわけにはいかないだろう。それに、お前を殺すわけにはいかないよ。私と離ればなれになったってね」
 当たり前の返事に、イーノックは憮然として「そうか」と答えた。てっきり笑うか怒るかすると思ったのに、その反応に拍子抜けする。
「それで、お前は?」
 尋ねると、イーノックは「そうだな、青年はルシフェルなんだろう? だったら」と言って、「虎だ」と答えた。少し意外だった。てっきり彼も、女を選ぶと思ったのに。
「私はお前の選択によって、殺されてしまうのか」
「いや」
「では、どうして」
 イーノックはルシフェルのほうをじっと見た。蒼い瞳が、見透かすように輝いている。
「虎を選び、出てきたところで私は観覧席から飛び降りる。それで、君を助けて逃げる」
 ……なんと言えばよいのだろうか。
「……そんな杜撰な計画で大丈夫か」
「大丈夫だ、問題ない。あらかじめ武器を用意しておけば、私は君を守るためなら虎とだって戦える!」
 子どものような笑顔でそう答えられてしまうと、もはや何も言えない。全く、人の子というのは想像がつかないなと思っていると、彼は不意にルシフェルに顔を寄せた。
「ルシフェル」
「……なんだ」
「私は本気だ。どんな不可能な状況でも、あなたと共にあり、共に生きたい」
 ルシフェルはパチンと指を鳴らした。今度は迷わなかった。次の句を告げる前に、時間を戻す。何かを言いかけて口を開いたイーノックが、時間の渦に消えていく。
「前回、戻し足りなかったか……」
 彼の心に芽吹いた小さな気持ちを、完全に摘み取らなければならない。その種が落ちるより前へ、時を戻さなければならない。
 倒した使徒たちが勿体ないなと、どこか人ごとのように思った。


  *


 それから何度もそれは芽吹き、そのたびに時を戻した。核心を突く一言を言わせてしまったこともあるし、その前に戻すことが出来たこともあった。ルシフェルは疲弊していた。
 悪意を向けられるのは、精神に多大なる害をもたらす。しかし応えられない好意というのもまた同様であるらしい。応えられない理由が対外的なものであるから尚更だ。
「イーノック……勘弁してくれ。私は、お前を汚してしまいたくない」
「逆ならともかく、なぜあなたが私を汚すんだ。ルシフェル、美しいあなたが」
 何度目かのやりとりを繰り返した後、ついに弱音を吐いたルシフェルに、今度のイーノックは殊勝なことを言った。
「……あなたが天使で、だから恋が出来ないのならば、それでも良い」
「……どういうことだ」