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ネイビーブルー
ネイビーブルー
novelistID. 4038
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たとえばの話をしよう

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「私に恋をしてくれなくて構わない。触れられなくたって良い。けれどせめて、あなたに恋をしたままでいさせてくれないか」
 何度も繰り返した記憶が残っているのではないかと疑った。……希に、そういうことが起きる。既視感という奴を覚えたことのある人間は多いだろう。それは、何らかの理由で時間が戻され、再び同じことを行っているときに感じるものだ。いくら戻しても、一度経験したことは消しきれない記憶に残る。イーノックがこんなことを言いだしたのは、何回も巻き戻されたことで彼もまた疲弊しているからかも知れなかった。
 しかし、ルシフェルは「駄目だ」と冷たく答えた。
「どうして」
「私は様々な人間を見てきた。そうやって、実ることのない恋に身を投じた人間は数多くいる。しかしその全てが音を上げ、疲弊し、魂をすり減らせたよ。イーノック、君の美しい魂を、そんなことで傷つけないでくれ」
 イーノックはゆるゆると首を振り、「あなたは残酷だ」と呟いた。ルシフェルはそれに返答することをせず、左手を掲げる。
「どこまで戻せば良いんだ? ……イーノック、もう止めてくれ。止めて、くれ」
「ルシフェル。それでも私は、あなたを愛している」
 パチン。
 巻戻る瞬間に見せた彼の熱っぽい瞳に、ルシフェルは何か強い衝動を覚えた。その瞬間、ずく、と羽の付け根が痛む。
「……そんなはずはない」
 時を戻し続けながら、彼は自らに言い聞かせるように呟いた。


  *


 ここ最近、時間を戻してばかりでイーノックの旅の進みが悪い。神にそう言われ、一度天界に戻ってくるように命じられた。そろそろだろうなと思っていたので、気が進まないが、神は絶対だ。
「イーノック、私は神のところへ行ってくる。良いか、絶対に無茶はするなよ」
「分かっている。大丈夫だ、問題ない」
 それが不安なんだと思いつつ、ルシフェルは十二枚の翼のうち、四枚を広げた。水鳥のそれによく似た青みがかった真っ白な翼を力強く躍動させ、地面を蹴る。大きな翼なら天界は一瞬だ。
 神の部屋の前に行くと、そこには大天使ミカエルの姿があった。「神は」と尋ねると、「私が伝言を預かっています」と彼は頭を垂れた。……直接会うことになると思っていたのに。不審は言い様の知れない不安に変わる。それを見抜いたように、ミカエルはルシフェルを鋭く睨み付けた。
「大天使ルシフェル。グリゴリの天使たちが何故堕天したのかは、お忘れではありませんね」
「……ああ、勿論」
「彼らは人間に近づきすぎた。人間に恋をしてしまった。神の僕でありながら、人を神より大事に思ってしまった。よって、堕天しました。神は最初に、あなたに仰ったはずです。人の子の側で仕えなさい。けれども、その心に近づきすぎてはならないよ、と」
 警告だ。ルシフェルはすぐに気づいた。これは、神からの警告なのだ。
「大天使ルシフェル」
 天使と殊更に強調して、ミカエルは言った。
「ゆめゆめ、おかしな気は抱かれぬよう」
 もう遅いかも知れないな。そんなことを言ったら、この天使にこの場で斬りかかられるのだろうか。
「分かった」
 ルシフェルはそう言うと、すぐに踵を返した。先ほどと同じように四枚の翼で下界に下り、水辺へ向かう。そこで全ての翼を広げ、彼は溜息を吐いた。
「……少し、遅かったな。ミカエル」
 十二枚の美しい羽は、そのうち二枚の付け根が真っ黒に染まっていた。残りが染まるのは時間の問題だろう。そしてこの二枚が染まってしまえば、他の羽も。一度変化が始まってしまえば、もう止められない。
 天使たちが堕天する瞬間を、ルシフェルは見たことがある。羽が少しずつ犯されて、彼らは苦痛に悶え叫んでいた。あれと同じ末路をたどるのかと思うと、流石に楽しい気分ではない。
 だが堕天の理由は分かっていた。始末に負えない。
「恨むぞ、イーノック」
 両手で顔を覆うと、ルシフェルは明るい笑顔を浮かべる金色の人の子を思った。


  *


 どうせ堕天してしまったのなら、いっそ彼もろとも再奥まで堕ちてやろうか。
 ……天使というのは、そうでなくなった瞬間にとんでもない考えを思いつくものであるらしい。今まで押さえつけられていたものが噴出するのだろうか。戦うイーノックを遠目に見つつ、ルシフェルはため息をついた。
 何度も好きだと言われた。何度も愛していると詰め寄られた。イーノックの不器用な愛の表現は、次第にルシフェルの心を蝕んだ。
 神が分からない、とルシフェルは思う。
 他者に恋心を抱いた天使を堕とすくらいなら、最初から天使に、意志など与えなければ良いのだ。人間のような心など、神に従うのみである天の使いには必要ないではないか。それなのに天使たちは、それこそ末端まで人によく似た心を持っている。これらを悪く育てれば、誰だって神に反逆する。
 主よ。ルシフェルは両手を組み、頭を垂れて祈った。
 主よ、あなたの御心が分からぬのです。そして、これを止める方法も。
 そっと羽を広げてみると、ずきずきと痛む。先っぽから黒に染まっているが、根本まで来たときの痛みは絶大だ。二枚はすでに、すべてが黒く変わってしまっている。
 どうしても天界に行かなければいけないときは、まだかろうじて白さを保っている翼のみを使っている。ミカエルなどは、すれ違うごとにルシフェルを睨んでいくが、気づかれてはいないようだ。しかし、神と連絡を取るのは電話のみにしていた。神をごまかせるとは思っていない。だがまだ、イーノックの補佐を外されたくはない。
 ……もしかしたら、とっくに見抜かれているのかもしれないのだが。
「ルシフェル、倒したぞ!」
「ああ、よくやった、イーノック」
 使役獣を倒したイーノックが、汗だくになりながら駆けてくる。それを迎えてやり、ルシフェルは傷を癒すために手のひらを彼にかざした。
 太陽はまだ真ん中を少しすぎた頃であり、明るい日差しがあたりを包んでいる。彼の金色の髪が風に擽られ、きらきらと輝きながらなびいた。美しいと心から思い、ついそれが言葉となって漏れる。
「綺麗だな」
 呟いて、そういえばこんな会話を、昔したことがあるとぼんやり思った。この続きは覚えていた。それは彼が、初めてルシフェルに毒を注ぎ込んだ日のことである。いや、あの日は月明かりだったか。
 あの日と同じ展開になるのかもしれないとぼんやり思う。
 気づいてしまった、そして堕ちてしまった今なら、彼を拒めまい。いや、むしろ喜んで受け入れてしまうかもしれない。多少の恐れを抱いて返答を待っていると、彼の反応は「過去」とは違っていた。
「そうか? ありがとう。だが、私はルシフェルの方が綺麗だと思うぞ」
 その瞬間ルシフェルは、少し前の自分の行動が「正し」かったことを知った。
「次のステージへ行こう、ルシフェル!」
「……ああ」
 走り出す彼の後に続きながら、ルシフェルは額を押さえた。喜びより前に落胆が来るとは。……「残念だ」などと考える自分を浅ましいと思った。