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ネイビーブルー
ネイビーブルー
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たとえばの話をしよう

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 時間を巻き戻すことは、未来を変えることだ。それは案外容易なことではない。過去のどんなことが、どんな未来を引き起こすかを悟るのはなかなか困難だ。思いも寄らないことが、思いも寄らない事態を招くなどざらだ。だからルシフェルは、今回自分が戻した箇所が正しいとは分かっても、どこまで戻したのが正しかったのかは分からない。
 過去、何度もイーノックはルシフェルに愛していると告げた。ルシフェルはそのたびに何度も巻き戻し、それをなかったことにした。一番最後に戻したとき、いつもより少し時間を多めに巻き戻した。それが、彼に芽生えていた恋心の芽を、根っこごと掘り出す作業となったらしい。
 イーノックはもう、いや、「まだ」、ルシフェルに恋をしていない。その未来をつかみ取ることに、彼は成功した。
「せめて、私が気づいてしまう前だったら。……いや、どのみち変えられない未来だったのかもしれないな」
 だがイーノックの恋心は消せても、ルシフェルのそれは消すことができない。彼が持っている時間を操る能力は、彼自身には作用しないものだ。だから、彼が自分を「イーノックに恋をする前」の状態に巻き戻すことはできないし、「堕ちていない状態」に戻すことももちろんできない。
 勝手なものだ。ルシフェルは自嘲した。
 一方的に思われていたときは彼が汚れてしまうことを恐れ、やっきになって彼の思いを消そうとしていたのに逆の立場になった途端、耐え難い痛みを感じている。
 ルシフェルは強く手を組んで、瞳を閉じた。
 ……喜ぶんだ。彼が美しいままでいることを、私が穢してしまうような未来にならなかったことを、誇りに思え。
「ルシフェル、どうした? どこか痛いのか」
 少し前を走っていたイーノックが、いつのまにかすぐ近くでルシフェルをのぞき込んでいた。綺麗な青い瞳がルシフェルを見ている。その目は曇りなく、どこにも情欲の欠片は見られなかった。
「いや、なんでもないよ、イーノック。さあ、次へ進もう」
 かつて、同じようにルシフェルがイーノックをのぞき込むと、嬉しいような悲しいような、彼が複雑な顔をしたのを覚えている。なるほど、今まで分からなかったものの正体がよく分かることだ。他人事のように考えて、ルシフェルはイーノックを促した。
 虎か女か……少し前に、そして彼にとってはもっと未来に彼にした話を思い出す。どちらを選ぶと問われたときに、彼は虎を選び、ルシフェルを救うと言った。今の彼に問いかけたらどうだろう。恋をしていなくても、彼はルシフェルを「友人」として慈しんでいるのだから、もしかしたら同じように答えるかもしれない。だがルシフェルに問いかける勇気はなかった。
 自分はどうすると答えたのだろうか。……女と答えた。多少の意地悪を込めて。
 成就すればルシフェルは堕ち、イーノックは穢れる恋だ。結ばれることのできない二人の関係というのは、思いの他にかの話の王女と青年に似ているかもしれない。
 もう一度当てはめて考えてみよう。虎を選ぶとは、差し詰め彼とともに闇に染まることになるか。女を選ぶなら。
 逡巡した後、ルシフェルは頭を振った。
「私は女を選ぶと言った。それは変わらない」
 白い衣をまとった背中を見る。あの背中に、白い羽はさぞ似合うだろう。


  *


 最後の堕天使を捕縛し、その魂を肉体から引き剥がして閉じこめたのは月のない夜のことだった。安堵の笑みを漏らし、「全ての堕天使を捕縛した。これで地上の人間たちは救われる」と嬉しそうに言ったイーノックに、ルシフェルは「いや、まだだ」と言った。彼は訝しげな顔をして「どうして」とルシフェルに問いかける。
 イーノック。ルシフェルは心中で呟いた。
 おまえは常に、最良の未来を選択してきた。だから私も、おまえのために最良を選択しよう。それが私からの手向けだ。
「おめでとう、イーノック。君はついに堕天使たちの捕縛に成功した。しかし、君が捕まえた堕天使はそれで全てではない」
 しばらく畳んだままであった羽を広げる。十二枚の翼がピンと伸び、ほの暗い星の光に照らされる。輝かんばかりだった白の翼はもうどこにもない。目の端に映るのは、夜より黒い翼だった。イーノックが大きく目を開く。彼の胸にあるのは、怒りか絶望か。裏切りを感じているのかもしれない。
「堕天使はもう一人いる。さあ、イーノック。……これがラストステージだ」
 意識してか無意識か、イーノックが拒むように首を振った。ルシフェルはアーチを構え、赤く輝くそれを岩を背に動かない彼のそばに突き立てる。鋭い衝撃音と共に、イーノックがびくりと肩を震わせた。
「おまえに戦う気がないのなら、私がお前を殺す。なれば地上は滅びるぞ。それでもいいのか」
「ルシフェル、どうして!」
「虎と女なら、私は女を選ぶからさ」
「意味が」
「分からなくていい。分からなくて良いんだ、イーノック。全ては私の自己満足だ」
 岩に突き刺さったそれを引き抜き、再びアーチを構える。イーノックはようやく現実を理解したのか、強く歯を噛みしめながらアーチを構えた。まだ信じ切れていないような色を浮かべる瞳に、うっすらと水の膜が滲んでいる。綺麗だなと思った。あれは、神が人に与え、天使には与えなかったものの一つだ。
 イーノックが向かってくる。使命感に満ちた瞳を見ているのは心地よい。彼がアーチを振るう瞬間、ルシフェルはそれをアーチで受け止めようとして、直前でだらりと両手をおろした。交わるはずだった刃は、受け止めるそれがなくなったことでまっすぐにルシフェルに突き刺さる。
「あああああっ!?」
 イーノックが悲痛な叫び声を上げたのを、ルシフェルはどこか遠くで聞いていた。
 どうして、と彼が叫んだ気がする。慟哭が、涕泣が聞こえた気もする。しかし他の堕天使たちと同じくルシフェルの意識は肉体から引き剥がされる。
 うつろな意識の中でルシフェルは何かを言おうとした。けれどもそれは声にならず、やがて彼の視界は黒で閉ざされた。


  *


 何が起きたのか、よく分からなかった。全てが悪夢だったような気もする。
 イーノック。耳を擽る低い声が、まだ自分を呼ぶような気がしてならない。今だって、堕天使との戦いが終わって座り込んだままの自分を呼びに来るはずだ。
 イーノック、終わったのか。終わったのなら戻ってこい。今回の装備は大丈夫だったようだな。どれ、傷を治してやろう。大分慣れたようだなイーノック。明日はもっと進むぞ、イーノック。
 目の前には、魂を抜かれた抜け殻が転がっている。十二枚の翼を持つ堕天使は、肉体のみになっても異様に美しかった。動いているときにはついぞ触れられなかった頬に手を伸ばすと、温かくも冷たくもなかった。それがただ、異常に感じられた。冷たいほうが良かったかも知れない。これではまるで、よく出来た土人形のようだった。
 早く、迎えに来てくれルシフェル。なんだか嫌な汗が止まらないんだ。
 喉がカラカラに渇いている。どうして涙が溢れるのかが分からない。そのまま長らくへたり込んでいると、やがて「イーノック」と天使が迎えに来た。しかしそれは、彼が望んだ大天使ではなかった。顔を上げると、金色の髪に真っ白な翼を持つ大天使が、そこに立っていた。