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ネイビーブルー
ネイビーブルー
novelistID. 4038
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たとえばの話をしよう

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「……あなたは」
「私はミカエル。あなたの元サポート役だった堕天使ルシフェルに変わり、あなたをお迎えに参りました。イーノック……いや、大天使メタトロン」
 慇懃に礼をする彼は、天界にいたときに何度か見たことがある。ルシフェルを兄のように慕っていた天使ではなかったか。天使らしく美しい言葉で告げた彼の台詞は、イーノックには半分も理解できなかった。
 彼は、自分をなんて呼んだ?
「メタトロン……?」
「ええ。さすが、元最高峰の大天使を打ち破っただけありますね。……美しい翼ですよ。ご覧になりますか」
 何を言われているのかよく分からない。言われるままに水辺に導かれ、水面に姿を写す。するとそこには、普段の装備を纏った自分ではなく、真っ白な、「まるで天使のような」装束に身を包んだ自分の姿があった。おまけにその背中には、十二枚の真っ白な羽が生えている。
 これは、見慣れたルシフェルの翼ではないか。ならば彼は、自分の後ろに立っているのだろうか。
 振り向いても彼はいない。ただミカエルが、歪んだ表情を浮かべていた。
「本当にお美しい。……本当に」
 泣きたいのかと尋ねかけて、止めた。唐突に、今の状況が理解できたからだ。
「ああ……」
 漏れたのは、声にならない音だった。その瞬間、ミカエルの表情がはっきりと憎悪に変わった。
「理解なさったようですね、流石聡明だ。大天使メタトロン。あなたは神に愛され、神に最も近いと呼ばれた元大天使を捕縛することに成功なさいました。堕天したとはいえ、ルシフェルは最も偉大なる天使でしたからね。我々では、集団になっても歯が立つかどうか分からないところでしたよ。本当に、さすがです。あなたはルシフェルを倒した。そして彼を倒したことにより、彼の代わりに最高峰の、十二枚の白い翼を持つ大天使となった! おめでとうございます、メタトロンさま! 今から私が、あなたを神の元へお連れします!」
 言葉は彼を褒めていたが、それは、あからさまな中傷だった。本当は彼は、爆発しそうな感情をルシフェルにぶつけたかったのではないだろうか。しかし、その相手をイーノックが奪ってしまった。
 ……イーノックが奪ってしまった。
「私は、人ではなくなってしまったのか」
「その言い方はよろしくない。言葉にお気をつけなさい、メタトロン。まるで人ではなくなったことを悲しむかのようだ」
 ミカエルは言って、くるりとメタトロンに背を向けた。彼は六枚の翼を広げると、あとは勝手についてこいとばかりにさっさと飛び去ってしまった。メタトロンはその後を追いかける。軽く地面を蹴るだけで、体は簡単に浮かび上がった。
 空を飛んだのは初めてではない。昔、ルシフェルにせがんだことがあった。彼の大きな十二枚の翼は、天使一人と人一人の体重などものともせずに空へ連れて行った。そのことを思い出す。なんだか今も、自分の翼で飛んでいるという実感はなかった。まるであのときと同じように、ルシフェルが自分を飛ばせているような。
 メタトロンはミカエルの背中を追いながら眼を細めた。夢のように朧な記憶が、頭の端々に浮かぶ。何か大切な物を忘れているような気がした。彼が何度も巻き戻した過去に、何か、忘れてはならないものを置いてきてしまったような焦燥感が消えない。
 ルシフェル、君は私から何を取り上げた? この白い翼を与える代わりに、何を持って行ったんだ?
 もう尋ねられないという事実は、まだ受け入れられそうになかった。頭の一部分が麻痺したようになっていて、メタトロンは途中で思考するのを止めた。


  *


 神は、記憶に違わない穏やかな表情でメタトロンを受け入れた。ミカエルは扉の前まで案内すると、あとは挨拶も無しに去って行ってしまった。だから神の部屋にいるのは、神とメタトロンだけだった。
 神は大きな椅子に座り、メタトロンに微笑みかける。
「久しぶりだね、イーノック。いや、メタトロン。……君とこうして話すのは、君が旅に出る前以来だろうか」
 神が大洪水を起こすと決めたとき、イーノックは神に食って掛かった。曰く、私が堕天使たちを捕縛するから、その代わりに人間を滅ぼすのを止めてくれ、と。
「世界は君が望むとおりになった。私は君に言ったね、全てを救えと。……おめでとう、世界は救われた」
 どこか冷たくも感じられる笑顔を浮かべた神の前に膝をつき、メタトロンは頭を垂れた。そして、「いいえ」と唸りにも似た音を出す。
「主よ。あなたはそんなことを仰いたいわけではないでしょう」
「どうしてそう思うんだい?」
「私は全てを救っていません。主よ、私は一番大切な物を失いました」
 そしてメタトロンは、神の瞳を真っ直ぐに見つめて言った。
「私は、全ての人類は救った。しかし私はルシフェルを救えませんでした。彼は大天使であったのに、おそらく私のサポート役になったがために堕天してしまいました」
 神は叫びにも似たメタトロンの言葉を静かに聞いた。そして「そうか。君にとって、ルシフェルは大切な存在であるのだね」と溜息を吐き、「では君はどうしたい」と言う。
「主よ。あなたは何をお考えなのです」
「今は君の考えを聞かせてくれ、メタトロン」
「……私は、全てを救いたい」
 それを聞くと、神はゆっくりと立ち上がった。そして部屋の隅へ行き、小さな小箱を取り出す。
「これがなんだか分かるかい」
 首を振ると、神は「これはね、ルシフェルの魂だよ」と言った。
 そういえば……メタトロンは瞠目した。魂を引き剥がした後の彼の体はどうなったのだろう。あのとき、ミカエルに呼ばれるままにここに来てしまったが、彼を置いてきてしまったではないか。脳が「あれ」をルシフェルと思うことを拒否していたからだろうが、あまりに薄情な自分にメタトロンは顔を覆った。神は肩に優しく手を置くと、「大丈夫だ。あの子の体は、ラファエルに回収させた。……今頃、綺麗に治されているよ」と囁いた。そして、箱を渡しながら「これを君に預けよう」と言う。
「これと、それから、しばらくこの席を。……メタトロン。ミカエルから聞いて分かっていると思うが、今、私に最も近いのは君だ。そして今からしばらく、私は神の座を君に譲ろうと思う」
 神は何を言っているのだろう。メタトロンは淀みない神の言葉を、狼狽えながら聞いた。
「どういうことですか」
「君とルシフェルに、もう一度チャンスをあげようと言っているんだよ。今回君が選んだ未来は、君にとって最上ではなかった。悪くはないと思うがね。しかし私は、いつまでも君の旅を見ているわけにもいかない。やらなくてはならないことが別にある。だから、ルシフェルの魂を体に戻して今度は君が神となり、彼に命じて過去に戻り、過去の、人であった頃の君……イーノックに、もう一度旅をさせてみたらどうだい。君には選べなかった未来も、過去の君は選べるかも知れない。面白い趣向だろう?」
「私が、今回の旅における神の役割を?」
「ああ、そうだ。といっても、そんなに大きな役割ではないよ。ルシフェルと連絡を取り、進行状況を見守る。それだけだ。ちなみに今の君、メタトロンはルシフェルの時間操作の作用は受けないよ」
 顔を上げると、神は「当然だろう」と言った。