「月が綺麗」で三編
2.経鈍
「いい月ね」
窓枠に腰掛けた鈍がつぶやく。
そういう簡潔な言い方があったのだということを、経一は知る。
綺麗だと言ってくれればよいのにと、白い手を引いて、告げた。
「そういうまわりくどい言い方するの、わたし嫌いよ」
言って彼女は解いた髪をさらりと梳き、透けるようなうなじにやわらかな月の光を滑らせた。
「あんたもそうでしょう」
たしかに。俺らしくなかった、と経一は思う。
「好きだよ」
「なあに、突然」
だって、いま言ったのはそういうことだろう。
答えると鈍の手が経一の頬へ伸びてきた。柔らかくつねられた、甘やかな痛みを味わう間もなく、窓辺を離れ、膝の上へふわりと降りてくる彼女を迎える。