墓参り
マスターが花を供え、小さく息を吐く。その場に腰を下ろし──といっても、地面が濡れているので尻をつけはしなかったが──、ミクを優しく呼ぶ。ミクは疑問を心の中に秘めながら、マスターへと近寄った。座って、と有無を言わせない声音で言われ、同様に尻を上げて座る。
何をするのだろう。ミクの視線はマスターへと釘付けになっている。
マスターは再度小さく息を吐くと、手をゆっくりと音を立てずに合わせた。目蓋を閉じ、じっとする。
ミクは訳がわからなくなった。どうしてそんな行動を急にマスターが行うのか、よくわからなかったのだ。とりあえず、彼女もマスター同様にみようみまねで手を合わせる。
──目蓋を閉じるべきなのかな。そんなことを考え、ミクはマスター同様、そっと目蓋を閉じようとして、止めた。マスターの目蓋がそっと開き、ミクと視線を絡める。マスターは苦笑を零すと、濡れた石を軽く撫でた。それから緑色の線香を取り出し、マッチで火をつけ、大きな石の前に置く。
静寂。ミクはマスターをじっと見つめ、それから大きな石へと視線をうつした。よくよく見ると、名前のようなものが書かれている。何故か見たことがあるような気がして、ミクは回路から名前を検索した。直ぐに見つかる。マスターの苗字と、大きな石に刻まれた文字は同じだったのだ。
マスターが若干の寂しさが混じった声音で、呟く。
「ここに、大切な人が居るんだよ」
「……ここ、ですか?」
「そう」
ぽつりぽつりと、水滴が落ちるような速さでマスターは言葉を紡ぎ始める。
「埋められてるって言えば良いのかな。とにかく、居るんだよ」
「……マスター、寂しい、ですか」
「え……」
寂しげに浮かべられる微笑を見て、ミクの口から何故かそのような言葉が飛び出てきた。気まずそうに顔をゆがめるマスターを見て、ミクは内心焦る。
──言ったらいけないことだったのかな。
でも、マスターは本当に寂しそうだったのだ。大切な人が埋められているという、この大きな石を目の前にして、どこか儚げな雰囲気をかもしだしていた。それはワタシの勘違い、だったのだろうか。ミクは焦りを表面に出し、マスターの名前を弱弱しく呼ぼうとして、遮られた。
「寂しく、ないよ。というか、寂しがっちゃいけないんだよ」
「……え? ど、どうして、ですか」