墓参り
レンは余裕を持った声音でそう続けると、足早にメイコとカイトの元へと急ぐ。それを羨望が混じった眼差しで見つめ、リンは小さく溜息を吐いた。ゆるゆると首を振ると、顎まで伝った汗が地面へと落ちていく。彼女はもう一度手の甲で汗を拭った。──ぬるぬるとしたいやな感触が額と手の甲に残るものの、汗だくのままよりはましだろう。
それに、とリンは言葉を吐息に乗せる。
「マスターに会うんだもん……可愛い服、着てくれば良かった……」
残念そうな感情が含まれた声音に、ミクはそっと苦笑を零した。それからリンの頭をそっと撫でる。リンはゆるやかに視線を上げて、ミクと見詰め合うと首を傾げた。
「マスター、この姿でも大丈夫かな。わたしのこと、嫌わないよね」
なんて心配をしているのだろう、とミクは思うものの口には出さない。出すのは無粋だというものだし、それに──彼女はマスターを好いているのだから、容姿が気になるのも当然というものだろう。好きな人に会うときは、やはり素敵な格好で会いたいというものだ。
ミクは小さく息を吐き出し、周りを見た。前に、そう何年も前に来たことがある、田舎道。メモリに焼きつけた風景と、あまり変わっていないことが彼女の胸を幸せで一杯にする。都会化が進む中、マスターの住んでいるところだけは、このような優しい雰囲気を保っていて欲しい。彼女はそんなことを思いながら、次いでセミの音に耳を傾ける。涼やかな音色だ。一週間だけしか生きられないという命。短い中、彼らは懸命に生を全うし、そして死んでいく。まるで自分達のようだ、と考えてミクは苦笑を零す。
鳴く──唄うためだけに生まれてきたボーカロイド。命の長さに長短はあれど、一生懸命生きていくことは同じだ。ボーカロイドは自分を買ってくれたマスターのためだけに生きていく。セミは、誰のために生きていくのだろう。
リンが言葉を発しなくなったミクの手を優しく掴もうとし、逡巡してから、服の裾で汗を拭い取ってから握る。軽く引っ張り、彼女はミク姉、と語尾を上げ調子に問い掛けた。ミクが視線をリンへと戻し、軽く笑みを浮かべる。人を安心させるような、優しげな笑みだった。
「どうかした」
「どうかした、じゃないって──もう! マスター、わたしのこと嫌わないかなあ、って訊いてるのにっ」