Prayer*
カイのフォローをしたつもりであろう梶の一言は、迂闊にも俺の機嫌をますます降下させた。
『つーことで、お前今日出社してくんなよ!カイを頼んだぞー』
「…え、ちょっと待て、おい!」
そう言い切るより早く、耳元に飛び込む、電子音。
…なんでお願いされてんだ、俺。
絶望というのは、こういうことを言うのだろうか。
あまりの意味のわからない展開に、ただ、立ち尽くすしかない。
しばらくの間、携帯電話を握り締めたまま、放心。
ふと、梶の言葉を思い出した。
【あいつ、昨日の夜から寝ずにお前の連絡待ってたんだぞ】
携帯をテーブルに戻して、横目でカイを覗き込む。
「こんなとこで寝やがって…」
こんなとこで寝てたんじゃ疲れなんか取れない、って、お前が吐いたセリフだよな…
「ったく…祝う気があるならこんな手のかかるモン寄越すんじゃねえよ…」
眠りに落ちたままのカイを、ソファから担ぎ出して、ベッドに容赦なく放り込む。
ドサリ、と音を立てて、勢いよく仰向けのまま沈み込んだカイは、何事もなかったかのように、繰り返す呼吸のリズムすら乱れていない。
「…ピクリともしねえのかよ」
呆れて起こす気にもなれない。
もう起きるまで放置しておこう。起きたら起きたで騒々しくて敵わない。このまま眠っていてくれたほうが静かで平和だ。
ベッドで死んだように眠るカイに、乱暴に毛布をかけようとした瞬間、手に何か握り締めているのに気がついた。
「…ライター…」
そうだ。
俺はさっき寝起きの至福のひとときを、こいつに邪魔されたんだ。
そう思うと急激に、カイの寝顔が無性に憎ったらしくなって、毛布をまたソファに放り投げると、その手からライターを奪還しようと、強引にカイの手を取った。
「…こいつ…」
全身の筋肉も、脳みそと一緒に眠っているはずなのに、ライターを握る手の力だけは器用にも無駄に全力で活動してやがる。
本当に寝てんのか?起きてんじゃねえのか、実は…
人を起こしに来たクセに、自分が眠りこけるわ、
人のライター手渡さずに握り締めたまま離さないわ…
「ホント、結局何しにきたんだよ、お前…」
もう一度、大きく溜め息をついて、カイが眠るベッドに、静かに背中を預けた。