Beast
互いが互いにある種の衝撃を受け、それきりふたりは黙って立ち尽くした。
が、それもあまりに長いと間抜けな気分になってくる。ようよう我を取り戻した元親は、自分と同じく何を言うわけでもなく、けれどその場を立ち去るでもなく茫然していた相手に話しかけた。
「―――腹ァ、減ったな。飯でも食うか?」
凝固していた相手は、そう言ってすぐそばのファーストフード店を顎で指した元親に対し、何を言っているのだこいつは、という顔をした。
その吃驚顔があまりにわかりやすかったものだから、元親は思わず噴き出した。
「な、にを笑っている……」
気味悪そうに元親を見遣る眼が「一体こいつは大丈夫か」とはっきり語っている。どこかびくびくしている警戒心の強い猫のような態度に、もうあの狂犬の凄まじさは感じられない。
「あんた、案外素直じゃねえか」
元親は笑いながらさらりと言った。
それは三成にとっては、ほとんど初めてに等しい、同年代の人間からの好意的な言葉だった。
ただひとりの友人を除いて、三成にそんな態度をとる相手はいない。ついさきほどまでいがみ合っていたはずの、それも「アレ」の友達とやらにそんなことを言われて、混乱した三成が相手の意図を消化しきる前にどんどん話が先へ進んでしまう。
「詳しいこたぁわからねえけどよ、とりあえず俺も整理しなきゃならねえ。とにかく飯だ。腹いっぱいになりゃあ話もトントン進むってェもんだ」
「私は腹など空いていな、」
「オラ早くしねえと席埋まるぞ、あそこの店はこんぐらいから混み始めんだよ」
「おい、人の話を聞け」
「それともあんたあっちの店のがいいか?」
わざとかと思うほど無邪気に連れまわされ、結局慣れない事態すぎて断れなかった三成は、なぜかファーストフード店のレジ前で並ぶ羽目になった。
三成が半ば茫然としてけばけばしいメニュー表に眼を奪われていると、
「適当に頼めよ、」
相手がそう言ってずんずんとレジへ向かうものだから、とっさにその襟首を後ろから掴む。勢いよくのけ反った元親は、振り返りざまに怒鳴りつけた。
「ッ苦しいだろが、なんだよ!?ここまで来てごねんじゃあねえぞ黙って食え、とりあえず食え!」
「―――どうやって頼むのだ?」
元親は、思わずまじまじと相手を見下ろした。
三成は、どこか視線の焦点を逸らして、
「経験がない」
短くそう言った。
元親はとりあえず適当に自分と同じものを注文し、向かい合わせの席へどっかりと腰かけた。
慣れない様子で眼の前に座る相手は、すっかり借りてきた猫のようだ。
「……あんたァ、箱入りなんだな」
いっそ感心したようなその口調にむっとしたらしい相手が、「経験がないだけだと言っている」と強い声音で言い返す。だからそれが箱入りだっての、と元親は思ったが、ずずっとジュースを啜って誤魔化した。
それにこれまで聞いていた話から、この落差の激しい少年が学校帰りにこうした店に寄る機会が少なかったことはわかる。見るからに誰かとつるむのが極端に苦手そうな相手だ。こういう相手にも躊躇いなく話かける奴がいるとしたら、たとえば。
「―――いえや」
言葉にしかけた途端、ぶわっと眼の前の猫が毛を逆立てた。
「貴様それ以上言うのなら」
「わかったわかった、一旦保留だ!」
慌てて言い募れば、しばらく不信の眼で睨みつけてから、ようやく少年はフイと視線を外した。本当に落差が激しいことこの上ない。はあ、と溜息をついて「とにかく食え」と号令をだし、元親はバーガーにかぶりつく。一気に頬張って相手を見遣ると、なぜか三成は膝の上に手を置いたままぴくりとも動いていなかった。
何か、予感がした。
「……どした、食えよ」
「…………ナイフはないのか」
その後、元親は生まれて初めて他人にハンバーガーの食べ方を教えた。出来の悪い生徒は手を汚して嫌そうな顔をしながら、「だから吉継はこういうものを食べるなと言ったのだ」などとぶつぶつと言っていた。
これは、教育が悪い。
そうと悟った元親は、もとはといえば問い詰めるはずだった本題すべてをすっ飛ばして、妙な使命感を帯びていた。
「――あんた、ファミレス行ったことは?」
何だそれは興味がない、とまざまざと顔に表して三成はふるりと首を振る。
「コンビニで買い食い。食うのは道端」
否定。
「……ラーメン屋、焼き肉食い放題、立ち食い蕎麦、一杯180円の牛丼!!」
否定。
元親は腕組みをしてしばし唸った後に、重々しい声で尋ねた。
「石田、……アンタ明日は空いてるか?」
三成はやはり、何を言っているのだお前は、という顔でこちらを見詰めた。
そういうわけで、元親はもう何度か三成を連れ回して今日に至る。