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Beast

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 その瞬間の三成の表情の変化を、家康は決して忘れられないだろう。
 憎しみだけを映していた瞳が戸惑いにふらりと揺らぎ、見開かれ、怒りに染まっていた顔からすとんと表情が抜け落ちた。
 そうして空になったそこに、少し、ほんの少しだけのよろこびをのせてみせたのだ。
 幼いこどもが自分の気持ちを表せずに惑うような、そんな―――透き通る淡い表情だ。

 もしかしたら自分は、とんでもない間違いを犯していたのではないか?

 いま眼の前にいる少年は、凶悪さからはひどくかけ離れていた。


「ワシは、」
 家康は思わず口に出していた。
「ワシはおまえと友になれないのか」
 すぐさま一瞬前の幼い表情はかき消えて、何を言っているのかと問う歪んだ顔が現われる。家康は心底それを惜しんだ。
「頭がおかしくなったのか、貴様」
 牙を剥いた獣が、がちりがちりと歯を鳴らしながら唸る。
「私は、貴様のことだけは認めない。何があろうと赦さない。絶対にだ。
 ―――二度と貴様など踏み入らせるものか!」
 三成は、絶対の拒絶を込めてそう言い切った。
 ―――それでは一度目はいつだというのだ。
 少なくとも、家康は知らない。一度たりとも、指先だって踏み入ることができたことはない。
 だがきっと三成も知らないのだ。
 こんな不透明なものに自分たちはいつまで縛られていればいい?
 これまでは当然のように受け入れていた、あるいは眼を逸らしていたことに、不意に堪らなくなった家康は、無駄と知りながらも歪んだ声音で問わずにはいられなかった。
「お前は、苦しくはないのか……!?」
 こんなものに、いつまで。
 皆まで言わずとも、三成はその問いを理解した。その嘆きをわかったうえで、彼はゆっくりと見せつけるように瞬きをする。閉じられた睫毛の合間から、ひかる眼が家康を見据えてうっそりと笑みを浮かべる。
「私は、」
 蛇のようにちろりと覗く舌が、毒を塗り込めた言葉を囁いた。
「貴様のそういう声を聞くと心が安らぐ……」
 この喜びがすべてだ。
 それだけでいい。
 昏い眼をした少年が、満足げな甘い吐息を零す。家康は伸ばしようがない手を力なく握って、頑是ない子供のように首を振った。
「こんなのは、おかしい。それだけで満足なんて、そんなはずは」
 三成は、いまさらひとりきりで足掻く家康を哀れむような表情で哂った。くつくつと喉を鳴らしながら、捕えた獲物を嬲るように告げる。
「ああ。
 貴様が、この世から消えてくれれば、一番良い。それに違いはないな」
 煌々と燃え続ける憎しみを浴びて、

 元親から聞いた少年は自分の前には決して姿を見せてくれないのだ。
 
 家康は、そう悟るしかなかった。

作品名:Beast 作家名:karo