【DRRR】月夜の晩にⅠ【パラレル臨帝】
シャワーの音は響くのに、帝人の入ってくる気配がいつまでもしない。
もしかして逃げただろうか?
「帝人くーん?いつまで待たせるつもり?」
「わひゃっ!?」
臨也が髪からしずくを滴らせつつ脱衣所に顔を出せば、すぐ足元にいた帝人が悲鳴を上げた。
ちゃんと服を脱いで扉の前に待機はしていたようだ。ただし、浴室に入る勇気はいまひとつだった様子で、精一杯手を振りながら、早口に捲くし立てる。
「ままま、待ってください。月ウサギはそもそも7日に1回程度しか水浴びはしませんし、僕は『帝人』なので水浴びなんかも隔離対応されていて、いつも1人きりなので誰かと沐浴をするなんてことは、その…っ!!」
「はいはい。俺にはそういうの関係ないよー。ここは地球。郷に入っては郷に従えって、日本の諺なんだけど、ここに来たからにはここのしきたりに従えってことだよ。わかった?」
「ふわああああ」
まだ抵抗を続ける小さな体を抱きかかえて、臨也はさっさと浴室の中に連れ入ってしまう。
湿気のこもった室内に、ウサギ耳がピンと立ち、次にしなしなと垂れ下がった。
「……耳に水入ったら…、逃げますから…」
「はいはい」
すでに全身を洗ってしまった臨也は、拗ねた表情の少年を降ろして笑う。
以前に尋ねた際、紙石鹸は知っていた彼だったが、さすがにシャンプーやリンスを使ったことはなさそうだ。一応尋ねてみるが、目を丸くして首を傾げられる。
「しょうがないな。俺、他人の髪なんて洗ったことないんだけど。耳、押さえてなよ」
「……髪、洗う?」
「あれ、もしかして髪を洗うって習慣事態がないってこと?」
「…えーと、洗うのは洗いますが、泡をつけて洗うということはありません。基本的に僕らは水浴びでして、貴族が香り付けに石鹸で体を洗うことはあるんですが。それもかぐや姫が持ち帰った物という噂で、貴重品でして」
「……もう黙って、耳閉じてないと大変なことになるよ」
「ひゃあああ!?」
頭の上から湯をかけてしまうと、悲鳴があがる。
子供同士がやる悪戯のようなくだらなく楽しい時間。耳を両手で伏せた顔が、水を切れずに俯いたまま震えている。これはたぶん怒ってるんだろうな、なんて思いながら、臨也はシャンプーを手にとった。
子供の髪を洗ってやるなんて、妹たちにもしたことがない。
簡単に泡立ってしまう柔らかくて艶のある髪は、本当に今まで洗われたことのないのか怪しいほど手触りが良かった。
「君は無防備だねー」
「?」
目を瞑って、ウサギ耳を引っ張って閉じて、俯いて真っ白な肌を晒して。
噛み付いてやろうか、そんなことを考えてしまうのは、ウサギというものが草食の生き物だからだろうか。臨也はわずかに目を細めてその姿を脳内に焼き付ける。
興味本位で耳の付け根を擦ると、全身を震わせてから頭を振った。
その勢いで泡が周囲に飛ぶ。
耳の付け根は、薄く細い毛がわずかに頭皮にも生え、しかし完全に繋ぎ目のない状態で繋がっている。本当に生えている、というものらしい。
こちらも毛だけれど洗わなくていいのか、と少し下に目を移す。
そちらは怯えるように小さく丸まって、フワフワだった毛が濡れて…、少し貧弱になったように見えた。
「……洗っちゃうよー?」
「?」
聞こえないのを知っているのに、勝手に許可を取って、尻尾へとそろりとたっぷりと泡をつけた手を伸ばす。絶対に嫌がるとわかっているからこそ、もう片手で頭からガッツリと押さえつけた。
その圧力に震えるばかりだった帝人がわずかに抵抗を始める。
コシュリと、柔らかな毛に泡がついた。動くからには、やはりその中心には骨とわずかな肉質を感じる。掴まれた衝撃で、帝人は上に飛び上がろうとして、それを更に上から押し返された。
「――――っんん!!」
「あはははは、嫌なんだねー!」
両手で耳を押さえている上に、初めての泡立ちに口も目も開けられないのか、全身を揺すりながらも本気で抵抗できない姿に、嗜虐心が煽られた。
尻尾をぐりぐりと撫でれば、それが予想通り仙骨の1番下の骨から生えていることがわかる。
更にその下にまで手を伸ばそうとして、手の中で震えた体が一瞬大きく傾いたように思った。
が、そのまま倒れたのは、自分だった。
濡れたタイルにぶつかった肩と肘に痛みが走る。
予想外の状況に目を見開けば、横倒しになっている自分の前に少年が目を吊り上げて立っている。ああ、このアングルは美味しいなあ、なんて。
「いーざーやーさぁーーん?」
「あ、あっはっはっは!!」
そのまま帝人に蹴られ殴られ、臨也はあちこちに泡をつけたまま浴室から追い出されてしまった。その扉の向こうに向けて、「足払いをするなんてなかなか手強いね」、なんて声をかけてみるが、返答はない。
あの泡だらけの状態をどうするのかと苦笑しながらタオルを取ると、少ししてから、悲鳴が上がる。
どうやら目に泡が入ったらしい。
結局、助けを求められるのは自分なのだ、と臨也は心の中がほっこりと暖まる気持ちを感じながら、再びバスルームへと戻った。
作品名:【DRRR】月夜の晩にⅠ【パラレル臨帝】 作家名:cou@ついった