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或る若者の憂鬱

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 ふた月もかかるほどの忍務ではない。というか城の命運を左右しているのだ、時間をかけていいものではない。
「妨害に遭っているのでしょうか。ベニテングは内部分裂を起こしかけているというし」
「よく知っておるの。まあ、さりとてそれに小平太が巻き込まれる道理はなかろうよ。講和条件である姫の準備が整っていないというのなら、これだけの日数が経つ前に、小平太の奴なら一旦帰るなり連絡を寄越すなりしておるじゃろう」
「では……?」
「密使殿は、姫は大層器量良しであるからして、小平太の奴が姫と駆け落ちでもしたのではないか、と……」
「そんなわけがないでしょう!」
(そんなかたちであの人が、忍務をおろそかにすることなどありえない)
 思わず声を張り上げて立ち上がっていた。なにをばかなことを。
 剣幕に押された学園最高権力者は身をわずかに引いて弁解した。
「あー、わかっとるわかっとる。儂もそう答えたわい。儂に怒っても仕方なかろう。しかしそれでは何故かと訊かれれば、返す言葉がなくてのう……」
 何者かに妨害を受ける可能性も踏まえて学園長は小平太に護衛を任せた。学園長による忍務内容の見極めは今まで外れたことがない。
「……ということは」
「予期されなかった何らかの事態が起こっているのは確かじゃな。密使まで使って急かされたが、こちらには大した情報もないし、さて、どうしたものか……」
 思案に入ろうとした学園長に向けて、滝夜叉丸の口がつるりと勝手に動いた。
「私が調査致しましょう」
 言ってしまってからはっとしたが、そうすれば、わたしの評価も上がるから、と自らを納得させた。
「おお、それならばとりあえず、ドクタケ城から情報を得てきてくれ」
 学園長命令による忍務が下された。

 そうして滝夜叉丸はドクタケ城の見取り図を入手するという名目で侵入し、わざと捕縛された。
尋問に対して口を閉ざしているため牢に入れられ拘留されている、というのが現在の状況である。
 今頃は、稗田八方斎が城主の木野小次郎竹高に自分の不手際を報告すべきかどうかで迷っているというところか。
 心なしか拘束がゆるい。低学年ならばともかく四年生で優秀を自負する滝夜叉丸が抜けられないものではなかった。
 尋問とか拷問とか面倒だから脱獄してくださいといったところか。
ドクタケと忍術学園の微妙な関係性が少し可笑しかった。
戦乱の世になんと呑気なことかと思うものの、今はただ感謝するにとどめた。
滝夜叉丸がこの牢に入ったのは初めてではない。
闇に慣れ切った状態で忍としての視力を凝らせば、石畳の隙間をわずかに、知らなければそれと気付かぬか細さで照らす一筋の光がある。
屈折と反射を繰り返して外から届いている、月光である。
この光を辿ってゆけば脱出できると滝夜叉丸は知っていた。
 ドクタケ城における拘留施設はここだけである。もしここに今回の目的である七松小平太や依頼の姫が囚われていれば、事情を聞くなりして場合によってはここから出して忍術学園に連れて戻るという算段だった。
だが、矢羽根を放ってみても、合図の暗号を足で打ってみても、何の反応もない。
 ここには、いないのだろうか。
 そもそも、果たしてあの七松先輩が長期に渡ってドクタケなどにおめおめと捕まっているかといえば、何度考えてみても結論は否である。
 ならば、なぜ。
 よもや本当に、姫と駆け落ちしたのでは。
 心の奥底から何度も沸いてくるその疑念を、滝夜叉丸はかぶりを振って打ち払った。
 いないのならばここに用はない。逃げるか、それともここの誰かから情報を得るか。
ドクタケ忍者隊は達魔鬼に率いられて全員不在であり、門番を含めて現在ドクタケ城に居るのは本来のドクタケ忍者隊より有能な派遣ドクタケ忍者たちばかり。忠義心の薄さを考えれば、情報を引き出すのは難しくないだろう。
 もう少し滞在して様子を見てみるか。石畳に落ちるたよりない光を眺めながら、滝夜叉丸は牢の真ん中に横たわった。
 その選択によって決定的な絶望を味わうことになろうとは、この時点で滝夜叉丸に予想できるはずもなかった。

 満月の夜。
月の光の落ちているべき場所に上下さかさまの姿で浮かび上がった姿は、奇妙ないでたちで短髪になってしまっている七松小平太そのひとのものだった。


               ◎  ◎


 そもそも、本来の用を済ませた後は、アメリカからまっすぐ日本へ帰国してもよかったのだ。
 だが伝統あるバレー強国のイタリアで有名なカーニバルが近々開催されると聞いた父が、落ち込んでいる息子への慰めのつもりか楽しんで来いと急遽イタリア行きを手配してくれたのである。
ふだんなら手放しで喜ぶところだが。
「正直、いまはちょっと、そんな気分になれないんだよなー……」
 みずいろの空をスズメに似た鳥がたくさん飛んでいる。流れる空気がやわらかい気がするのは街の雰囲気のおかげだろうか。心地よい無干渉が、いまはとてもありがたく感じられた。
 自分の立ち位置をふと見失うような錯覚にとらわれて、地面がやわらかく感じられる。
 水の都を流れる川の淵から橋ごしの景色をぼんやり眺めていると、後ろから友人に声をかけられた。
「あれ、どうしたのコヘータ。背中に哀愁が漂ってるよ」
「そんなむずかしい言葉よく知ってるなあ」
 自分よりも流暢かもしれない日本語で声をかけてきたのはれっきとしたイタリア人で、名前をフェリシアといった。
 日本語を話せる彼女はイタリア語のまったくできない自分に何かと世話をやいてくれ、こないだまで日本からの留学生が住んでたところがあるよ、と下宿先の手配をしてくれた、面倒見のいい奴だ。
「口あけたままぼーっとしてたら口の中がかわいちゃうよー」
「んー。あの鳥、うまそうだよなー……」
「……日本人ってそのへん飛んでる小鳥を食べたりするの……?」
「普通はあんまりしないな」
「コヘータは普通じゃないの?」
「んー……いまは普通よりちょっと弱いかも」
「なあにそれ」
 友人が小首をかしげて笑った。
 この国は人もモノもなにもかもがおおらかな陽気さに満ちている。
 いつもの自分ならばあっという間に溶け込めるだろう。カーニバルも楽しみでならないだろう。もしかしたら永住したいと思うかもしれない。 
 でもなあ。
 膝に負担がかからないよう橋にもたれかかって溜息を吐き出していると、半分もいかないうちにフェリシアに思い切り背中を叩かれた。ぐふぇっ、と吐息が咳に変わる。
「ほらそんな暗い顔してないで!みんな準備してるよ、手伝ってきなよ」
「準備……?自分たちの仮装の準備はもうだいたい終わったんじゃなかったっけ。他にも何かやるのか?」
ローマ時代、一年の豊作を祈るために農民の間で始まったカーニバルは、お祭り好きな貴族たちもマスクを付けて身分を隠して参加していたことさえもひっくるめて風習となり、やがてヴェネチアを代表する魅力的な観光名物となった。
作品名:或る若者の憂鬱 作家名:463