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PROMINENCE

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 中間テストを十日後に控え、部活動を休止するところが出てきた。雨竜の所属する手芸部も、展示会があるとはいえテストが先、と、作品はめいめい進めることにして早々に休みに入った。
 九月も末だというのに、その日もひどい暑さだった。風も吹かない中を休み休み歩いていると、いつものようにあの歩道橋の下に茶度が立っているのが見えた。
「なぁ、これから勉強しないか?」
 並んで雨竜の部屋へ向かいながら、言い出したのは茶度からだった。
「…構わないけど…教科は?」
「地理と古文と化学と…」
「ちょ、ちょっと待って!せめて二つに絞ってくれないか」
 頷いた茶度が、部屋の定位置に座りバッグからまず取り出したのは古文の教科書とノートだった。授業自体は中学からやってきているが、どうにも覚えられず特に漢詩が嫌いだと言った。
「漢詩なんて簡単じゃないか、読んだまま覚えれば」
「『レ』とか『上下』とかが付いてなければな」
 教科書と、そこに挟んでおいた小テストの例文で問題を出し合いながら二時間ほどで終わらせ、夕飯の後、洗い物を済ませた雨竜が戻るとテーブルに今度は地学の教材が開いてあった。古文の時から気になっていたので、茶度の頭の上から彼の教科書を覗き込むと、見える文章の殆どが黄色い蛍光ペンでマークされている。これでは重点もなにもあったものではない。雨竜は笑いながら自分の定位置に座り、自分のノートを開いてテーブルに置いた。
「茶度くん、マーキングの意味、分かってる?」
「ム…読んでいたら皆大事な所に思えてきて…」
「こういうのは太字と前後の一行くらいでいいんだよ。こっちに今期の分をまとめてあるから、写して。分からないところがあったら言って」
「そしたらお前ができないじゃないか」
「そこはもう済んでるから」
 そう涼しく言って、雨竜はチェストの上に乗っていた手芸道具を持ち出し、展示会の作品らしいパッチワークの続きを始めた。
 ノートを写しながら、雨竜の細く骨張った指先が布を捌いていく様を見ていた。色とりどりの三角の布を、みるみる内に一枚の正方形に縫い上げていく。この頼りなげな手があんなうまい食事も作り出すのかと思い、シャープペンを操る自分の指をなんとなしに動かした。無骨な指。まだ箸もうまく使えないでいる。
ふと茶度の手が止まっているのに気付き、雨竜は右手首に巻いた針山に針を刺した。
「どうかした、何か分からないところでも?」
 覗きこまれて、茶度は慌てて雨竜のノートの中の英単語を指した。
「これ、なんて読むんだ」
「あぁ……プロミネンス。紅炎のこと」
「紅炎?」
「中学でやったよ?えっと…資料集ある?」
「これか」
 茶度はバッグから総カラーの資料集を出して、雨竜と自分の間に置いた。雨竜はそれをテーブルに置いたままパラパラとめくり、目当てのページを見つけると茶度の前に広げてその端を押さえた。
「教科書の写真は白黒で見難いんだ…ホラ、これが紅炎」
 説明しながら顔に流れ落ちる髪を耳にかけると、横顔が電灯に白く浮き上がった。
 雨竜の指は、真っ黒な太陽の周りを縁取る炎を指していた。ガスが噴き上がり、渦を巻いた姿を紅炎、というらしい。
 雨竜はそれに付属する事柄を説明していたが、茶度は半分も聞いていなかった。右手は一緒に押さえていた本から離れ、その指の背でそっと雨竜の頬に触れていた。突然のことに驚いて雨竜が顔を向けると、仕掛けた本人はもっと驚いたように指を引っ込める。
「何」
「食べカス、ついてる」
 と、茶度が自分の口端をちょいと指すので、自分で同じような所を払ってみるが、それらしいものの落ちた感じはなく、茶度も取れたと言わない。しつこく擦っていると、茶度の手が顎に触れ、親指が唇の端を優しく撫ぜ下ろした。
「取れた?」
「あ、あぁ」
「じゃ続きだけど、こっちの…」

 食べカスなんてついていなかった。本当はただ、白い頬に触ってみたかっただけなのだ。こんな柔らかな手触りのものがあるのかと思うほど、それは指先に不思議な感触を残した。

「… …で…茶度くん?」
「えっあぁ、なんだ?」
「なんだじゃないよ、ちゃんと聞いてた?」
「悪い、もう一回いいか」
「ったく……休憩しよう。今コーヒー淹れてくるから」
 雨竜が席を立って、茶度はペンを置いてウン、と上に伸びをした。


 二つのカップにそれぞれ、インスタントコーヒーを適当に入れながら、雨竜は左の唇の端に触れた。

 他人に肩を叩かれるのも嫌なのに、なぜいつもするように彼の手を止めなかったんだろう。止めるヒマがなかった?いや……

 温かな印を付けられたようなその上を、消えないようにそっとなぞった。
「…何してんだろ」
 ふとそうした自分の行動に首を捻り、カップにお湯を注ごうとした時だ。部屋で茶度の携帯電話が喧しく鳴った。慌てて出たらしい様子を背中で伺っていると、少しして電話を切った茶度がぬいっと顔を出した。
「スマン、急用」
「急用…帰るのか」
「あぁ。悪いな、せっかく淹れてくれたのに」
「構わないよ。気をつけて…あ、自転車貸す?」
「いや大丈夫だ。じゃあ、また明日」
 口が開きっ放しのバッグを小脇に抱えると、茶度はバタバタと出て行った。
「明日、学校で」
 そう言った雨竜の声が聞こえたかどうかは分からなかった。
 ドアが閉まり、自分の分のカップだけにお湯を注ぎながら、アパートの階段を下りていく音を聞いた。


「茶度くん!」
 アパートを出て最初の角を曲がろうとした時だ。振り向くと、息を荒らした雨竜が走る速度を緩めてこちらへ向かってきている。送っていく、という。
「サンマートならもう閉まってるだろ」
「違う、ひまわりソーイングだ。課題の材料」
 雨竜は右手に持っていた財布を振って見せ、いつも会う歩道橋まで歩いた。
「さっき縫っていたあれは、なんだ?」
「今度の展示会用の巨大制作。ラグマット…かな。一年全員でこのくらいずつ縫ったのを、また縫い合わせて完成」
 と、雨竜は空中に一部の大きさを指で描いた。
「他にも二点くらい出さないといけないから、ちょっと時間が足りないんだ」
「井上も…同じ部だったよな」
「すごいよ、井上さんは。デザインも配色も個性的だし、評価も高いんだ。中学の頃から噂には聞いてたんだけど、実際に見るとやっぱり違うね。尊敬に値するよ」

『好きなのか?』そう言いかけて、止めた。

 楽しそうに話す雨竜を見て、茶度は笑った。そして少しだけ、寂しかった。

          ◆

 テストまで五日となった。相変わらずの暑さが続き、開け放った窓からは風が入ってくることもない。生徒は皆、終わらない長い夏を呪いながら昼休みを迎えていた。
 自分の席で一人、手製の弁当をちまちまとつつきながら、雨竜は一枚の小さなプリントを見ていた。図書室の司書が直々に遣した返却の督促状である。それによると本の返却期日は一週間も過ぎていて、机の中の本を出してみると、しおりは延長した頃と同じページに挟まっていた。
作品名:PROMINENCE 作家名:gen