鬼道くんと大介さん
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「おい、大丈夫か! しっかりしろって!」
どこか遠くで、ぺしぺしと頬を叩く感触がした。プールでたゆたっていたような意識は次第にはっきりしてきた。
重たい瞼をなんとか開く。開けた先はぼやけていたが、夕日の赤い色をしていたのはかろうじて分かった。
しかし、夕日? 俺は先ほどまで大介さんと辺りが暗くなるまでサッカーをして、それから……
「ああ、よかった、気がついた!」
視界ははっきりした。この鼓膜を揺らして耳を突き刺すような大声の主を視界に捕らえる。
「……円堂?」
「鬼道、なんともないか?!」
円堂だ、円堂守。ひどく心配そうに眉を下げた円堂守がそこにいた。
周りを見渡してみると同じような顔をした春奈や部員たちが俺を取り囲み、また胸を撫で下ろしていた。
ここは雷門のグラウンド。地面の感触はたしかによく慣れたものだし、向こうにはイナズママークを携えた校舎がそびえ立っていた。夕日に赤く照らされている。
「本当にすまない、鬼道」
部員の輪の中から、おずおずと豪炎寺が出てきた。
普段の自信に溢れた印象はすっかりなりをひそめて、滅多にお目にかかれないこの顔はなかなか見物だ。
「変な風にボールを蹴ったみたいで真正面からお前にぶつけてしまった。よかった、すぐに目を覚ましてくれて」
豪炎寺の失態を怒る気は湧かなかった。それ以上に突っかかるものがあったからだ。
「すぐに目を覚ました」? しかし俺は確かに日が暮れるまで大介さんとサッカーをして、……大介さんと? どこで? 俺はずっと雷門で倒れていたのに?
……あれは夢か。軽い脳震盪を起こしたに違いない。どうか夢であって欲しい。
あの地面の感触も、ボールの感触も、空気も、ジュースも、夢とは思えぬほど具体的ではあったが、そうか夢オチならば、それならばすべて丸く収まりがつく。
そうか夢オチか。そう理解したこのときが、俺のそう短くもない十四年の人生のなかで一番安堵したように思う。
一度体勢を直して、顔でもぱしりと叩こうかと身をよじったところだった。
ハーフパンツのポケットに、何だか妙な違和感がある。
布越しに手を当てる。硬質ななにか。
冷や汗が頬を伝う。
まさかな、とポケットに指を入れる。硬く、冷たい。
少し歪んだ円形、ふちはギザギザとしている。
それを取り出す。
それは、王冠。
俺の表情は歪んだ。
それを怪訝に思ったらしい、豪炎寺が俺に詰め寄った。
「おい、大丈夫か、鬼道……」
「豪炎寺、詫びる気持ちがあるならこれを受け取ってくれ」
半ば押し付けるようにソレを豪炎寺に手渡す。
明らかに困惑した表情を浮かべているが俺はそれに構わず、また取り囲む部員の輪を突き破ってグラウンドへ駆けた。
俺だってこんな状況、理解に苦しむ。しかし俺は知っている。こんな時の一番の対策を。
「理解しようとしない」。
残念なことに、これが一番効率が良かったりするのだ。これはもう立証済みだ。
マントを翻しつつグラウンドの上を駆けていれば、いつもの調子に戻った。
「ほら、皆さっさとしろ! 練習再開するぞ!」
グラウンドの中心で、俺は叫んだ。