魔法の解き方(米英)
「わ・・・すごいんだぞ・・・」
ウサギの目というのは普通黒とかなんだけど、このウサギの目は緑だった。
茶色の艶やかな毛並みに森を思わせるような緑の瞳。
イギリスの家だとウサギもイギリスナイズされるみたいだ。
こんなカラーリングのウサギ、イギリスの家にしかいないよ。
俺はとりあえずそのウサギを胸に抱き込んだまま、ぐるりと周囲を見渡した。
相変わらずよくわからないフラスコとか本ばかりで肝心のイギリスはいない。
本当にどこに行ったのだろうとさすがのヒーローの俺も少し落ち込んで俯くと
抱え込んでいたウサギがぷぅと鳴いた。
「あ、そういえばさっき扉にぶつかっただろ。ごめんね」
ここにイギリスが居ない以上、さっき扉で弾き飛ばしてしまったのは
このウサギに違いない。
言葉は通じないってわかっているけど、ヒーローとしては動物には優しくしたいし
昔、ウサギが一番の友達だったからなおさらだ。
ぶつけてしまったであろう額を撫でると気持ちよさそうに目を細めている。
ここにいるってことはイギリスが飼っているウサギなんだろうけど、妙に人懐っこいし
仕草も人間みたいだ。
瞳の色も緑だし、あの人に飼われているならツンデレなのかと思ったけど
さっきから俺の胸に鼻を押し付けたりしてすごくデレている。
そういえば、扉をぶつけたっていうのにジーンズの裾を少し噛んだくらいで
あまり怒っていないみたいだ。
イギリスだったら一カ月は厭味を言いそうなのに。
(イギリス・・・キミはどこに行っちゃったんだい?)
忘れていたわけじゃないけど、ここにもイギリスが居なかった現実が急にずんと
俺に圧し掛かってきた。
ああ駄目だ。
こんな暗い考えになっちゃうのは地下室なんかに居るからだ。
どうせこのままここにいてもイギリスは出てきそうにないし、上に上がってしまおう。
そう決めて俺は抱いているウサギに視線を移した。
この子をここに置いていくのも可哀想だな。
試しに「一緒に上に行くかい?」と尋ねると答えるようにぷぅと鳴いたから
俺はそのウサギを抱いたままリビングへと向かった。
□ ■ □ ■
「あの忘れ物キングめ・・・!」
思わず声を荒げると膝の上でくつろいでいたウサギがびくりと震えた。
ごめんよとふるふる震える背中を一撫でしてから、キッチンを睨みつける。
リビングに戻ってきた俺は真っ先にイギリスの携帯をコールした。
もちろん、彼がどこにいるかを知るためだ。
それなのに頼みの綱の携帯はキッチンでメロディを奏でた。
ならばと仕事用の携帯に掛けたけど、今度は寝室の方からメロディが流れてきた。
(まったくもう。どういうことなんだい!!)
こんな夜中じゃ職場に電話をかけることはできない。
俺は普段空気が読めない読めないって言われているけど、さすがにこの時間帯に
電話をかけることは非常識だってわかる。
(かけちゃおうかな)
非常識だってわかっているけど、こっちだってある意味緊急事態だ。
ハロウィンという大事な日にイギリスが居ない。
本当なら国を挙げて探しだしたって良いと思う。
だってハロウィンは俺と彼にとって特別な日だ。
独立前から初めていたこの脅かしあいは独立直後も続けられた。
独立したその年、さすがにもう二人でハロウィンを迎えることはできないんだって
思い知って、悲しくて少しだけ泣いた俺の元に彼は来てくれたんだ。
正体がわからないように仮面を被って、声も変えていたけど、俺にはイギリスだって
すぐに分かった。
そのときの嬉しさと驚きを俺は一生忘れることは無いと思う。
ハロウィンが過ぎてからはイギリスは俺なんか知らない、存在しない国だと
言わんばかりに冷たくて、さすがのヒーローも挫けそうになったけど
翌年は俺がイギリスを脅かしに行った。
無視されることも承知で行ったけれど、彼はきちんとお菓子をくれて
「今年は引き分けだな」って笑ってくれた。
それからずっと俺とイギリスの間でハロウィンの脅かしあいは脈々と続いている。
去年、あまりにも勝てなくて悔しかったからロシアを呼んだらイギリスに
すごく怒られた。
今年は助言も助っ人も無しだ!!ってきいきい言われたから俺は「そんなにロシアが
怖かったのかい?」と口にした。
そのときの彼の表情といったら無理やりマーマイトを口に突っ込まれたみたいな
表情だった。
あ、彼にとってマーマイトは美味しいんだっけ。
あんなものを美味しいというなんて食への冒涜だと思う。
あの人、料理オンチだけじゃなくて味覚オンチでもあるんじゃないかな。
そうやって他のことを考えないと胸がいっぱいになってしまいそうな表情だったんだ。
さっきだってロシアのことを口にしたのは茶化さないと気づいてしまった感情に
爆発しそうだったから。
(―――――二人きりが良い、なんて)
今思い出すだけでもかああと頬が熱くなる。
彼がはっきり口にしたわけじゃないけど、態度を見ていれば、そのくらい俺に
だってわかる。
何故なら、ロシアを呼び、日本に助言を求めた俺だって二人きりが良かったから。
あまりにも勝てなくて悔しかったから二人を呼んだ。
その理由は正しいよ。正しい。
けど本当は、イギリスと二人きりになって俺が我慢できそうになかった。
だからストッパーになるように二人を呼んだんだ。
そうじゃなきゃ、ロシアに借りを作らない。
それに今年はイギリスに言われなくても二人きりで過ごすつもりだったんだ。
恋人になって初めてのハロウィン。
なのにキミはどこに行ってしまったのだろう?
「イギリス・・・」
思わず零れた声はぎょっとするくらい情けなくて、聞いているのが膝の上で
くつろいでいるウサギだけで本当に良かったって思った。
作品名:魔法の解き方(米英) 作家名:ぽんたろう