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魔法の解き方(米英)

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(馬鹿。んな声、出すんじゃねえよ)
上から降ってきた百年単位で久しぶりに聞くような声音に俺は舌打ちをした。
もちろん心の中だけでだ。
ウサギに舌打ちなんて器用なまねはできない。
おそらくアメリカはここにいるのがウサギだけだと思って、あんな声を
出したんだろうけど大英帝国なめんな。このウサギは俺なんだよ。
そう言えればよかったんだが、相変わらずしゃべることはできない。
せめて猫とか犬だったら鳴き声で伝えられたかもしれねえのに。
ウサギじゃあ何もできない。
「・・・・・・それにしてもキミ、瞳の色がイギリスにそっくりだ」
「ピー!」
いきなり抱きあげられて、思わず甲高い笛のような音が鼻から漏れた。
アメリカはくすりと笑って「ごめんごめん」とちっとも謝っていない声音で謝る。
「んー・・・えい」
「!!!!!!!」
声が出ていたならふぎゃあああと叫んでた。
俺を抱え上げてじっと見つめていたアメリカがいきなり鼻の頭にキスをしてきたからだ。
久しぶりに触れたアメリカの口唇は柔らかくて、ふにふにしててやばい。
というか、心臓がバクバクしすぎててやばい。
ちくしょう。こいつ絶対わかっていない。
俺がどれだけ今の接触で死にそうになったかわかっていない。
つうか、鼻の頭でも気軽にキスするんじゃねぇよ。
俺だからよかったけど、こういうの浮気じゃねぇか。
馬鹿。アメリカの馬鹿。
「・・・やっぱり無理か。おとぎ話だとこのウサギがじつはイギリスで魔法が
 解けるっていうのがお決まりのパターンだけどそんなわけないよね。
 はあ。俺もあの人に毒されてきたかなあ」
抱え上げていた俺を腿の上に降ろしながらぽつりと漏らしたアメリカの言葉。
意味がわからない。
理解したくてもオーバーヒート気味の頭じゃ意味がない。
だってそんなの嘘だろ。
普段こういう話を信じないアメリカが、何をとち狂ったのか瞳の色が似ているから
俺(ウサギ)を俺と思ってキスしたなんて。
それだけ俺のことを思ってくれたってことなんだろうか。
普段信じないおとぎ話を実行するくらい。
(嬉しい)
元々高い体温がもっと上がったような気がする。
心臓も酷使され過ぎて痛い。
けれど幸せだ。
付き合ってからアメリカは前よりも優しくなったけど、それでも俺はずっと不安だった。
俺なんかを好きでいてくれるのか。本当に、とずっと怖かった。
アメリカのことが好きで好きでたまらなかったからいつか来るであろう別離の日が
一日でも遅く来ればいいと祈っていた。
でも、妖精さんもおとぎ話も信じないアメリカがくれたキス。
口じゃなくて鼻だったけど、俺の魔法が解けるようにとくれたキス。
もう、疑わなくていいのかもしれない。
アメリカも俺と同じ気持ちなんだって思ってしまってもいいのかもしれない。
(好きだアメリカ。すき)
この気持ちを今すぐにでも伝えたい。
普段は恥ずかしくて、滅多に言えないけど今なら言える。
声は出せないからせめて態度で示そうと身体をぐりぐりとアメリカの腹にすりつけると
「くすぐったいよ」と優しい声が降ってきた。
そして続いて降ってきた言葉に俺は思わずその動きを止めてしまう。
「・・・こうやってキミを膝の上で抱えていると昔を思い出すなあ」
え、と視線を上げるとアメリカは宙というよりも昔を見ているような様子だった。
アメリカがこうして昔を懐かしむなんて珍しい。
珍しい、というよりは俺は見たことが無かった。
だって普段は俺のことを懐古主義だなんて馬鹿にしているくらいだ。
そのアメリカが昔のことを考えている。
物珍しさに大人しくしていると大きな手がそっと俺の背を撫でた。
毛並みを整えるように優しく撫でる手は眠気を齎す。
それでも眠らないようにとしっかりと目を開けてアメリカの声に耳を傾けた。
「・・・懐古主義のおっさんじゃないけど、昔話をしようかな。
 ここにはキミしかいないしね」
「ぷぅ」
返事をするように鳴くとアメリカは頬を緩めて柔らかく笑った。
うわ。そんな顔するな。
ウサギの心臓は小さいんだから、あんまり負担をかけるなよ。
「イギリス・・・キミの御主人様にあたる眉毛の太いおっさんのことなんだけど
 俺とイギリスは毎年ハロウィンに脅かしあいをしているんだ。
 俺がまだ英領アメリカだったころから続く習慣でね。どんなときだって続いていた」
普段の甲高い声ではなく、まるであのときみたいな低い声は俺の心臓に
また負担をかけた。
話している内容は普通のことなんだがその声がいけない。
心臓のドキドキがアメリカに伝わらなければ良いと願って、俺は腿に顔を擦りつける。
「昔は今ほど交通手段が発達していなくて、俺のところに来るには太平洋を船で
 渡らなければいけなかった。けど、ハロウィンのあの時期は冬に向けて
 海が荒れてくる頃だから、いくらイギリスでも危険な航海になるときがあった。
 それでも彼は危険な海を越えて来てくれたんだ。
 でも一度だけ、ハロウィン当日に彼が間に合わないことがあって。
 その年は夏でも海が荒れていて、ハロウィンの時期には大しけで船を出せない
 ほどだった。当時の俺はまだ子供で、そういった理由があるのに彼が居ないことに
 納得できなかったんだ。
 ハロウィンを一週間過ぎた頃に来た彼に酷いことをたくさん言ったよ。
 でもイギリスは笑って許してくれた。
 それどころか、俺に必死に謝ったんだ。ハロウィンの日に来れなくてごめんなって」
・・・まだ覚えていたのか。
 忘れていたと思ってた。正直。
確かに俺はアメリカの言うとおり、昔、一度だけハロウィン当日に間に合わなかった
ことがあった。
出来る限り急いで行ったのだが、海の状況を見ているうちに出航が遅れ
その日に間に合わせることはできなかった。
あのときだけはさすがのアメリカもとても怒っていて、宥めるのが大変だった。
だからというわけじゃないが、それ以降はどんなに海が荒れ果てていても
当日に着くようにと無い暇をかき集めて、毎年ハロウィンを続けた。
なのに。
今俺はウサギで、今日中に戻るかどうかもわからない。
ごめん、の意味を込めて出来うる限り身体の力を抜いて、アメリカに甘えた。
今の俺はただのウサギだけど、イギリスだから。
俺が甘えるとアメリカが喜ぶことを知っている。だから、だから。
作品名:魔法の解き方(米英) 作家名:ぽんたろう