魔法の解き方(米英)
「ちょっとごめんね」
謝罪の言葉を挟んでアメリカは俺を胸に抱き込んだ。
とくん、とくんと規則正しい鼓動が服越しに聞こえる。
そういえばアメリカはよくこうやってウサギを抱え込んでいた。
そのときのことを思い出して、少しだけ胸がしくりと痛む。
あのときと同じような寂しさを与えているかと思うと堪らない気持ちになった。
「あのとき俺が怒ったのは、約束を破ったからとかじゃなくて、ハロウィンのあの日を
逃すとイギリスは冬の海に阻まれて、こっちに来れなくなる。春まで会えなくなるのが
わかっていたから嫌だったんだ。・・・大好きな人にずっと会えないのが寂しくて
怖かった。少しだけ、今の気持ちは似ているな。ははっ、馬鹿だな俺。
今はいつでもイギリスに会いに行くことが出来るのにさ」
「ぴー!(アメリカ!)」
なんで声が出ないだろう。なんで俺はウサギなんだろう。
こんな姿じゃ、寂しがっているアメリカを慰めることもできない。
アメリカ。
呼んでも声は声にならない。
ちくしょう、言葉を声にのせるありがたみをこんなときに味わうなんて。
「・・・ああ。もうこんな時間か。イギリスには悪いけど、少し眠らせてもらおうかな。
起きたら彼も戻ってくるかもしれないし」
キミも一緒に寝るかい?と笑ったアメリカの目の下には隠しきれない隈があった。
もしかしたら、今日ここに来るために少し無理をしたのかもしれない。
こいつはそういうのを人に気取られるのが嫌だから口にしないけど
ずっとこいつを見てきたおれがわからないはずがない。
返事の代わりにぷぅと一鳴きすると「ありがとう」とアメリカが笑う。
この笑い方がまた曲者で、俺の前では見せない、下手したら200年ほど前を
彷彿とさせる笑い方に近い。
無防備なあどけない笑顔。
大きくなっちまったこいつにもそんな一面があるのだと知って、俺はまた少し
嬉しくなった。
「ゲストルーム借りようかな。彼のことだからある程度は綺麗にしているだろうし」
俺を抱き上げて、ずんずん進むアメリカの足取りに淀みは無い。
それはこいつが何度もゲストルームに泊まったことがあるからで、別に疾しいことは
何もないのだが、何だかとても照れくさい。
ゲストルームの扉を開けて、ベッドの上に俺を置いたアメリカはすぐに出て行った。
たぶんシャワーでも浴びに行ったんだろう。
我が物顔で屋敷を使用するアメリカに以前なら怒りが込み上げてきたのだろうが
この関係に陥ってからはむず痒さしかない。
元兄とはいえ、他人の、あ、今の表現はちょっと胸が痛い、じゃなくて、その他人の
家を好き勝手に使うなんて、いくらあいつがKYメタボでも心を許してなきゃ
早々できないはずだ。
けど、そのできないことをアメリカがしているんだって思うとちょっとした優越感すら
こみ上げてくる。
そんなことをもだもだと考えていると寝間着に着替えたアメリカが戻ってきた。
やはり風呂に入っていたらしく俺を抱いてシーツに潜り込むこいつから昨日出した
ばかりのラベンダーの香りがする。
息が出来るようにと顔だけは外に出し、後はシーツで包んだアメリカが
「おやすみ。可愛いウサギさん」とやけに気障な挨拶をしてきた。
それにぷぅと鳴いて答える。
それから10分もしないうちにアメリカは寝入ってしまった。
元々こいつは寝つきが良いのだが、それにしたって今日は早すぎる。
まあそれだけ疲れていたってことなんだろうけど。
アメリカがよく眠っていることを念入りに確認して、俺は枕もとまでよじ登った。
そして微かに開いた口唇にむぎゅっと俺の口を押しつける。
1、2、3。
やはり何も起こらない。
(やっぱり、駄目か)
俺から仕掛けてみたのだが、やはり駄目だった。
あれだけ魔力を込めた魔法が暴発したのだから、これで解けるわけがないと
わかっていたけどやっぱり何というかショックはでかい。
しょんぼりしてシーツに戻ろうとすると眠っていたはずのアメリカがぱちりと
目を開けた。
「こーら」
「ピー!」
ふぎゃあああと上げた悲鳴は甲高い笛の音になって部屋に響いた。
ドクドクとかつてない早さで心臓が脈打っている。
まずい、本当に死にそうだ。
ばかばかばかアメリカのばか。
ウサギは繊細なんだから脅かすなよな。
「口はあの人だけなんだからキミは駄目なんだぞ」
「ぷぅ」
「可愛く鳴いても駄目。俺は浮気をしない主義なんだ」
アメリカの言葉に本当は感動するべきなんだろうけど俺はちょっと腹を立てていた。
ばか、ばかアメリカ。
今はウサギだけど、本当は俺なんだからいいじゃないか。
空気読めよ。
抗議のつもりで思い切り鳴くとアメリカは顰め面になった。
聞き分けのない俺に怒っているんだろうけど、怒りたいのは俺だ。
恋人なんだからキスぐらいさせろよ。ばか。
作品名:魔法の解き方(米英) 作家名:ぽんたろう