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そういうもののはなし

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「ほれ、できたぞ。全くオムレツ一つをこんなにも美しく作れる俺の才能が恐ろしいぜ……」
「……っ、あ、ありがとう」

考え事に沈みかけた、まさにそのタイミングで声をかけられてびくりと肩を震わせた。
その様子に小さく首を傾けながら、何も問わずにフランスは何枚かの皿を手際よく並べていく。
アメリカは目を丸くした。彼が台所に立っていた時間などそう長くはなかったはずなのに、机の上に見るからにふわふわした、タンポポ色のオムレツのほかにも次々と料理が現れたからだ。

鮮やかなレタスとホワイトアスパラのサラダにはベーコンチップとパプリカの細切りが彩りを添え、厚く切ったバゲットには黄金色のオリーブオイルが塗られてその上にスライスされたサーモンとタマネギ、塩漬けオリーブの輪切り。シナモンの香りがすると思ったら、シフォンケーキにたっぷりとかかった緩めの生クリームに一振りされたものらしい。

「……魔法みたいだ」

掛け値なしに思った言葉を口にすると、眉尻を下げてフランスは笑った。
全く違う顔立ちなのにそれは何故だかやっぱり、どこか気弱なあの兄弟の表情に重なる。

「その台詞は大変嬉しいがお兄さんはお前さんの食生活が心配だよ。
 簡単以前の手間しかかけてねえぞ。ケーキだって昨日作ったやつだしな。
 ……まあ食えや、話はそれからだ」
「うん……いただきます」

スプーンはまるで雲でも切るように、淡く黄色いオムレツへ潜り込んでいく。
焦げ目がついていないのに半生でもないオムレツなんて、一体これまでに食べたことがあっただろうか。
サラダの野菜もぴかぴかでみずみずしくて、胡椒の効いたドレッシングがよくあった。

「フランス、これすごくおいしいよ」
「当たり前だろ、俺を誰だと思ってんの? 世界の恋人フランスお兄さんよ?」

出された料理に黙々と一通り口をつけ、素直に褒めればソファにふんぞり返って満足げに笑う。
メシにするから、と言いながら自分が食べる分はどうやら作ってもいない、淡くて遠い空の色をした両目の奥にはアメリカの心中を柔らかく探る視線があった。

話したいことがあるんじゃないのか、という意思が伝わってアメリカは、らしくもなく逃げるように少し俯く。
出された料理の美味しさも、年上ぶって肩の力を抜かせようとしてくれているのも全てはフランスなりの気遣いで、だけどそれがわかってしまうのが少し、辛い。

そんな風に甘やかされてしまうほど、今の自分は弱々しい生き物のように見えるのだろうか。
それはとても居心地のいいことだったけれど、今は喜ぶ気持ちにはなれそうにない。
何にも気づかない子どもでいられないのなら、対等に話をできる大人でいたいのに。
中途半端な自分の立ち位置が悔しかった。

「……あのさ」
「んー?」

君に聞きたいことがあったんだ。それはなんだかすごく些細でくだらなくて、だけどいつまでも喉の奥で棘になって引っかかっている。あんまり些細なものだから、どう言って切り出せばいいのかもわからない。
悩んで、けれど言葉はどうしようもなく見つからなくて、仕方なく頭に浮かんだままを口にした頃には眼前に生クリームたっぷりのコーヒーカップが差し出されていた。

「……アルコールって、そんなに特別なものなのかい?」
「…………へ?」
「カナダに聞いたんだよ、こないだ君と飲んだって。それがあんまり嬉しそうだったから。 君なら答えを知ってるのかなって、思ったんだ」
「………………まあちょっと待てアメリカ。落ち着け。文章になってない」

唐突すぎる質問と続く文脈に、綺麗に整えた眉を少し顰めてフランスが抗議する。
どうすれば、こういうのは正しく伝わるんだろう。普段はあまり気にもしないのだけど、こんなこと。

――思い出すのは、今までと全然変わらない顔をしているくせに、妙に大人びてしまったカナダの顔。

フランスさんと飲んできたんだよ。楽しかった、と。
報告してくる双子のきょうだいは酷く嬉しそうで、楽しそうで――アメリカの全く知らない顔をしていた。
なんで、どうしてたかが、そのぐらいのこと。

それくらいのこと、と思うのに。
自分とカナダは別個の人格なのだから、知らない顔があったって当然だと頭ではわかっているのに。
同時に何だか、自分だけが置いてきぼりにされたような気がしたのだ。


(――だって俺は、知らない。)


「歳の離れた兄弟とか、父親と息子とか、そういう間柄同士でアルコールを飲むのって『特別』なんだろ。……どうしてなんだい」

考えても考えてもわからなかった疑問は、けれど口に出してみると随分幼稚なもののようで。
自分より遥かに年上のフランスには一笑に付されてしまうのではないかと、それが少し怖かった。
気まずくて逸らした視線の先には、例の、場にそぐわない酒瓶が転がっている。

経年で茶色くなったラベル紙に、丸みのある文字で銘柄と思しき二つの単語と製造年だけが書かれていたのにふと気づく。見覚えのある筆跡と、聞き覚えのある銘――【Bush Pilots】。

アメリカは知っていた。それはしばらく前に操業をやめた酒蔵で、年にたった一樽分の酒にだけ与えられた特別の銘。今となっては多分、未開封のボトルなど世界中どこを捜しても手に入らない。

おそらくあれは……あそこに転がっているあの空き瓶は、その最初の一樽が工場で瓶詰めされるより前に『彼』の、カナダのためだけに作られた一本だった。
シンプルを通り越して粗末ですらある、飾り気のないラベルがそれを証明している。
特別の中でも特別の一瓶。それが『彼』の家の飾り棚ではなく、フランスの家に転がっている。空っぽで。
たったそれだけのことが、どうしてこんなに自分の気持ちを沈ませるのか。

同じ顔のきょうだいのために作られた、本当に特別な世界に一本だけの酒。
カナダがどうしてその封を切る気になったのかは聞かなかった。何か、記念にしたいようなことがあったのだろう。
アメリカにとって重要だったのは、それを共有する相手として彼が選んだのが同じ顔の自分でも、最近親しくしているらしいキューバでもなく、当たり前のようにフランスだったという事実のほうだ。

どうして、と、思ったのだ。
思って、けれど、『どうして』の先に続く疑問は明確な形を成さなくて。


(――だって知らない。あんな顔で    のことを話したりは、俺はできない。)


「どうしてだい? 別にこれまで、ランチだってディナーだって何度も一緒に食べてるじゃないか。中国もイタリアも、ロシアにも聞いたけどみんな当たり前みたいな顔でそれは特別なことだって言うよ。俺には全然わからない」
作品名:そういうもののはなし 作家名:蓑虫