【東方】東方遊神記10
「それを見て、人間に対して完全に未練が無くなった我は、最後の時を迎えようとして、突然現れたそのスキマ妖怪とやらに捕まり、あれよあれよと現在に至るわけじゃ。・・・すまんが少し疲れた。ちょっと座らせてもらうぞ。神奈子様、諏訪子殿、失礼します」
そう言うと青蛙神は周りに断ってよっこいしょと腰を下ろした。
「あぁ、そう言えばなんとなく立ち話をしていましたね。皆さん座りましょうか。酒も急いで用意させます。文、悪いけど、急いで皆さんの酒の用意をして、勿論、美理やあなたの分もね」
これも御影の人気の高さの秘訣である。
「承知しました」
文も色々考え事をしていたが、文は職業?柄考え事をしていても、常に周りに注意が向いているので、御影の言葉を聞き逃さなかった。文が立ち上がり、部屋を出て行こうとするのを、神奈子が止めた。
「あっ、文、ちょっと待って。御影、実はあたしらこの後まだ結構やることが残っていてさ。酒盛りしたいところだけど、今日の所はこっちの用件を済ませて、お暇(いとま)したいんだよ。また日を改めて青の歓迎の宴を開くつもりだから、積もる話はその時にしてくれ」
神奈子は懐から五つの書状を取り出し、御影に当初の用事を話した。
「今回こういうことになって、きっかけができたから、幻想郷の有力者たちの所へ挨拶回りをしようと思ってね。間欠泉騒ぎの時にいらん迷惑をかけた奴らもいるし。で、それと一緒に青のことも紹介して回ろうと思ってね。スキマ妖怪が連れて来たんだから、こっちの誰かと何か関係があるかもしれないし。実際青は月のお姫様のことを知っているようだし」
話ながら神奈子はチラッと座っている青蛙神の方に目を向けたが、青蛙神は同じく座っている諏訪子に抱っこされながら眠っていた。まるでヌイグルミだ。ここはあえてカタカナで書く。
「なるほど。事情はわかりました・・・って、足が一本?」
今更かい。御影は諏訪子に抱かれて眠っている青蛙神の足が一本であることに気が付いた。
「・・・今更だね。それはいいよ。これから、その有力者たちの所に訪問するために書状を前もって送ろうと思うんだけど、その配達人として、狗賓衆から何人か貸してほしいんだ。勿論手間賃は払う。幻想郷に古くから住む天狗だったら、そういう奴らの住んでいる場所も大体わかるだろ?」
「ほほぅ・・・それはまた楽しそう・・・ではなく、人出がほしいんですね、わかりました。あれ?でも・・・」
御影は神奈子の要求を理解し、快諾しようとしてふとあることに気が付いた。「ねぇ文、確か、八雲 紫は冬から春に掛けては冬眠してるんじゃなかったっけ?」
出入り口の大襖の所に立っていた文に御影が確認するように尋ねた。
「はい、八雲 紫は冬の間は幻想郷によっぽどのことがない限り、ずっと寝ていると、博麗 霊夢から聞いたことがあります・・・あれ?」
御影に応えていて、文もある矛盾に気が付いた。そう、神奈子たちは幻想郷に来てまだ長くはないので、八雲 紫の生活サイクルについては知らないが、幻想郷に数十年以上暮らしているもの(主に人外)や、八雲 紫と直接交友のある者にとっては、スキマ妖怪は冬は寝ているというのが常識なのである。そして、マヨヒガの主人である紫が寝ている間は、彼女の式神であり、世話役である八雲 藍(ヤクモ ラン)がマヨヒガの維持管理や幻想郷の監視・調査をしていることになっている。
「そう言えば、青蛙神さんはスキマ妖怪に捕まって幻想郷に連れてこられたんですよね?でも今こっちは冬真っ只中ですよ。霊夢さん好きの紫さんは、起きている間は頻繁に博麗神社に顔を出すそうですが。私も定期的に博麗神社に取材に行っていますが、今年の冬に入ってからは、まだ一度も彼女に会っていません。当然冬眠に入っているものとばかり思っていましたが・・・青蛙神さんは本当に八雲 紫によってこちらに連れてこられたんですか?」
青蛙神はまだ気持ち良さそうに眠っている。神奈子が代わりに文の疑問に答えた。
「スキマ妖怪が冬に冬眠するっていうのは初耳だったけど、青から話を聞くに、多分本当にスキマ妖怪に連れてこられたんだと思うよ。その証拠に、青は両端にリボンの結び目が付いた空間の亀裂に吸い込まれたって言ってたし」
諏訪子も青蛙神を抱っこしながら起こさないよう小さな声で答えた。
「それに、青ちゃんが紫とのやり取りをこと細かく再現してくれたんだけど、まんま紫っぽい喋り方だったよ」
あんまし会ったこと無いから詳しくは知らないけど、と付け加えながら、諏訪子は眠っている青蛙神のお腹をゆっくり、優しく叩いた。まるで、幼子を優しく寝かし付ける様に。早苗が小さかった頃も、同じようなことをしてやりたかったなぁと、ちょっと諏訪子の頭の中を過(よぎ)った。
「ふ~む、じゃあ今年は八雲 紫は冬眠せずに起きているということか・・・確かに、彼女は幻想郷だけじゃなく、顕界も定期的に見に行っているようですし、もしかしたら、青蛙神殿のいう顕界の人間が作った核融合爆弾について調べていたのかもしれません。いずれにせよ、タイミングとしては好都合ですね。わかりました。早速足が速く頭の切れる者を5人用意しましょう」
「いや、5人も必要ない。3人でいい」
神奈子は指示を出そうとした御影を制しそう言った。
「えっ?しかし訪問する場所は全部で五か所ですよね?残りの二か所はどうするんです?」
「残りの二か所には、行ってもらいたい奴は決まっているんだ。なぁ?文」
少々顔をニヤつかせながら、神奈子は文の方を向いて言った。ある程度文の方でも予想はできていたが、それでも不平不満は出る。
「え~・・・また私ですかぁ?」
実際文は今日は休みのはずなのに色々ありすぎて、結構なお疲れモードだ。正直なところ、もう帰りたい。だがしかし、文はこの次に神奈子が言うであろう殺し文句も予想出来ていた。
「頼むよ。お礼にあたしらの完璧御膳【かんぺきごぜん】を御馳走するから、な?」
文の予想は的中した。
作品名:【東方】東方遊神記10 作家名:マルナ・シアス