恋文
私達はそれからも幾度となく逢瀬を重ね、私は数多くの贈り物をあなたから頂きました。
中でも、あなたが手塩にかけて育てた薔薇は、私をいたく感激させました。肉厚な花弁には染みや虫食い一つ無く、たとえ痛んだとしても、その散り際は枯れて尚気品に満ち溢れていた。異国の土と水で育った薔薇は、えもいわれぬ芳しい香りを長く辺りに漂わせました。
実のところ、鮮やかな紅や淡紅色の花束は、私の家の床の間には少々華美過ぎ、不釣り合いにも思えました。
しかしあなたがそこに腰を下ろし、生けた花瓶を満足そうに眺めておられるのを見ていると、忽ち私のつまらない迷いなどは消えてしまうのです。
ただじっとあなたの目線に倣って花を愛で、暫しの沈黙に浸るのは、あなたと過ごした日々の中でも、特に心休まる時でした。
あなたは一貫して、私を本国風に飾る事を好みました。件の薔薇にはじまり、キイツやワーズワースの詩集、三日月の意匠が美しい銀のカフリンクス。そうして必ずそえられる、ぶっきら棒なお言葉。
ご自身も夜には浴衣を着、食事も苦労して箸で召し上がるような親日家でいらして下さいましたが、それは旅先での一時の同化であり、いわば処世術もであったでしょう(実際、あなたの浴衣を着付けてさしあげる事を、私は隠れて喜んでいたのです)。
あなたが贈り物を通して私に望まれていたのは、もっと実際的な、目に見える服従ではなかったでしょうか。
しかし呉々も誤解しないで頂きたいのです。私は恨みつらみでこんな事を申している訳ではありません。
その証拠に、あなたを拒絶しようと思えば、私にはいつだって出来たのです。薔薇を手折り、書物を引き裂き、異人だなんだと罵ればいいだけの事だったのですから。
けれどもそうしなかったのは、偏にあなたを愛し、またあなたも私を少なからず思って下さっていると、自惚れていたからです。