angel lamp1
馬車に乗り込む時、男が扉を開けて、彼女に手を貸していた。
僕は、マスターにお別れを言おうと、そっと近づく。
「マスター・・・」
「何をしているの?早く乗りなさい」
そっけない態度に、思わず挫けそうになるが、これが最後の機会なのだと、意を決して口を開いた。
「マスター、何故僕は、彼女と暮らさなければならないのでしょう?」
「嫌なの?」
マスターに睨まれ、咄嗟に、
「嫌・・・では、ありません。でも、理由を知りたくて」
マスターは、僕をじっと見つめてから、急に笑い出して、
「理由?そうね。教えてあげる。あなたがさっきから怖がっている、彼女の傷。あれは、私がつけたの。私が、彼女の人生を壊したの。だから、その償いよ」
甲高い笑い声をあげるマスターに、どうしていいのか分からず、おろおろしていると、
「やめて」
彼女が、不自由な足を引きずりながら、馬車を降り、マスターの手を取った。
「誰のせいでもないわ。あれは、事故なんですもの」
なだめるように、マスターの腕を叩く。
マスターは、彼女から顔を背けると、
「ごめんなさい・・・私・・・」
「もうやめて。それ以上は、私も辛くなるから」
マスターは、いきなり彼女を抱き締めると、閉じられた右目に唇を押しあてた。
「私が、あなたの傷を治すから。何年かかっても・・・必ず」
「いいの。私のことなんか、考えないで。あなたには、あなたの研究があるのだから」
マスターは、もう一度彼女を抱き締めると、そっと腕をほどく。
「落ち着いたら、遊びに行ってもいいでしょう?」
「もちろんよ。楽しみにしているわ」
今度は、マスターが手を貸して、彼女を馬車に乗せた。
マスターは、僕の方をちらっと見ると、
「何をしているの?早く乗りなさい」
「はい、マスター」
馬車に乗り込もうとした僕の耳に、マスターの呟く声が飛び込む。
「・・・私は、あなたのマスターじゃないわ」
作品名:angel lamp1 作家名:シャオ