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あなたが銀河に戻るまで

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 それから、五年前の、刹那は、まだ今の状態をよく分かっていなかった。だから、そこに触れないように、二人でずっと星をみていた。僕が時々話した。神話だとか、寓話の類を、その星に纏わる話を、延々と。面白かったかはよく分からない。気が付いたら刹那は横で寝息をたてていて、それからすぐに、すっと消えていった。
「そう、帰るときは消えるのね」、とフェルトは納得した。「ここに来たときは、何がなんだかわからなくて、気が付いたらコンパートメントに座っていたから」、と。
 ティエリアはああ、とひとつ頷いて、「けれど、僕にもよく、分からない。けれど、多分、何か話した後に、ふっと、瞬きをした瞬間みたいに、いなくなる」、という。
 寂しいね、とフェルトは言った。
 何がだ、とティエリアは問うた。
「いきなりいなくなるんじゃ、心の準備も出来ないでしょ」、とフェルトは言う。たしかにそうかもしれないとティエリアは思ったが、「寂しくはないな」、と告げた。
 「うそつき」、とフェルトが言う。「私は、寂しいな」。

 少し影を落とした彼女の瞳に、ティエリアはどうしたものかと考えた。窓の外へ、会話をうつそうとするが、見た瞬間に目を離せなくなる。「青って、なんだか寂しくなる」、とフェルトも窓の外へ視線を向けた。すこしずつ遠ざかっていく星は、今丁度二人のみつめる窓の中心にあった。
 透明だけれど、絵本では涙って水色とか、青い色でしょう。それに、海だって青い。海の水は塩の味で、涙と一緒だし。悲しいこととか、嫌な気分を、色で表すならブルーでしょう。「冷たい感じがするの、だから寂しいのかも知れない」、でも、わたし、嫌いじゃないよ。そんな感じがする、だけで、本当は。
「日本では」、とティエリアがフェルトの言葉をさえぎった。「緑も、青というらしい」。青々と茂った緑とか、そんな言い方も。信号も。「そうなんだ」、知らなかった。フェルトは頷く。「じゃあ、私の目も、青なんだね」、緑だけど。そういって笑う。
 そうだな、とティエリアも頷いた。

 夢からさめたら、私きっと、今日のこと覚えてないよ。覚えてても、黙っておくね、とフェルトは言う。「どうしてだ」、とティエリアは問うた。別に隠すことでもないだろう、と思った。たしかに馬鹿馬鹿しいことではあるが。
 黙っておくね、ともう一度フェルトは言った。
 好きにすればいい、とティエリアも頷く。ありがとう、と聞こえたときに、ふっと彼女の姿は消えた。 

 一瞬だけ、驚いて、ティエリアは少しだけ寂しそうに、窓に向かって一人きりで笑う。

「たしかにすこし寂しいかもな」、とつぶやいた。
返事はなかった。





4. 君が幸いと言う時間



 ティエリアはかたたん、こととんと、揺れる汽車のコンパートメントの中でただ外をながめていた。
 もう何人か自分の元を訪れたが、まだ誰か、来るのだろうか。外を流れるように、ゆっくりと近づく天体は、赤く燃えるようだった。
 ティエリアはただひたすら待った。目を閉じて、息を潜め、汽車の揺れる振動に身を委ね、ただひたすらに待った。
あれは、順番通りであるのなら、火星か、とティエリアは思った。このままどこへ進んでいくのだろう。不思議と、不安はなかった。夢の終わりが見えないのは確かではあったが、怖くなかった。
 そういえば、火星の赤いあの色は錆だという。あれの地上の幾つかの場所には、すでに名前がつけられていて、人の手によって送られた観測機がいくつもいくつも、取り残されているはずだった。あれがいつのものかは解らないが、と、ティエリアはひとつ息をつく。
 もう随分時間がたっていた気がした。けれど、不思議と疲れは感じない。かたん、とその時、ティエリアの耳に足音が聞こえた。ティエリアは視線を窓からそらし、コンパートメントの外へ意識を向ける。かたたん、こととんと、ゆれる汽車の振動のほかに、僅かに小さい足音が混ざった。ティエリアは立ち上がる。
 コンパートメントの扉をあけると、足音は急に止まった。右を向くと、視線が合う。どこか、誰かの面影が残っている少年が其処にいた。「…また、来たのか」、とティエリアは少年に問うた。
 少年は、おびえた様子で、ぎゅう、と手にもった銃を両手で握り締める。「せつな」、とティエリアは彼をそう呼んだ。その時の彼は、そうじゃないと、解っていながら、そう呼んだ。少年はティエリアから逃げるのをやめた。ティエリアは少年に、一歩一歩近づく。
 ティエリアは先ほどまでいたコンパートメントの扉を完全に閉めていく。「そんなもの、ここで持っていても意味はない」、と、ティエリアは少年の持つ、不釣合いな銃に手をかけた。少年はその行為に驚き、顔を険しくしてその手を銃ごと振り払った。そのままティエリアと距離をとる。
 通路で二人は向かい合った。
「意味はない」、とティエリアはもう一度言う。「どういうことだ!」、と少年が初めてティエリアに問うた。
 ああ、やっぱりだ、とティエリアは納得する。刹那、どうしてまた来たんだ、と、ティエリアは困ったように首を傾けた。おそらく、ここがどこなのか、本当にわかっていないのだろうと、ティエリアはそう感じた。
「どこから来たか、言えるか」、とティエリアは聞いた。少年はどこから、とティエリアに聞かれたそれを反芻して、説明出来ずに口ごもる。「言えないだろう」、あたりまえだ、とティエリアはため息をひとつついた。
 少年はティエリアの言う意味がよく分からずに、不思議そうな顔をした。「こっちへこい、星でも見ながら話してやる」、とティエリアは少年の横を通り過ぎた。少年は身構えてティエリアが自分のところへ来るのを待っていたが、何もせずに通り過ぎたのを見て拍子抜けする。「どうした、早く来い」、とティエリアが言うので、銃を握る手を緩めないまま、少年はティエリアの後をついていった。

 汽車の中を、端まで移動して、ティエリアは「ここまでで九両か」、とつぶやいた。星がみえる展望室は列車の最後尾にあった。逆側にあるはずの運転席へは、ティエリアはまだ行ったことがなかった。
 少年は、ティエリアの後について展望室へ入ったとたん、言葉をなくした。おそらくガラス張りか何かだろう、透明な隔たりはあるものの、そこには黒檀に散らばった星があった。「ここは…?」、と少年は、それでようやく、自分がどこにいるのかをティエリアに問うた。
 ティエリアは靴をゆっくり鳴らしながら席につく。「夢」、とそれだけ答えた。「ただの、夢の中だ」、と。
 少年は、そんなこと、と言いかけて口を閉ざした。ティエリアが腰掛けた席の方へは行かずに、窓へ近づき、視線を窓の外へ泳がせる。「空へあがったことなんて、ないだろう」、とティエリアは彼に聞いた。彼はその質問には答えずに、「戦いは」、どうなった、とティエリアに逆に聞いた。
 ティエリアはさあ、と肘置きに頬杖をつき、窓の外を眺める。
「ここから地球はもう見えないから、わからない」、と答えた。少年は窓から視線をはなしティエリアを振り返る。「見えない?」、何を言っているんだ、と、信じられないような眼差しで。
作品名:あなたが銀河に戻るまで 作家名:みかげ