あなたが銀河に戻るまで
「いつもみたいに『万死に値する』とか言うねえの」、と、今度は逆にハレルヤが聞いてくる。
ティエリアはまだ目じりから溢れて流れてくる涙を手の甲でぬぐって、ため息ひとつと一緒に、「つかれた」、と、背もたれに深く腰掛けた。
ずるずるとそのまま、角度を落としていく。「なんだあ?いつもみたいに元気ねえのな。なんかあったか」、とハレルヤがそうティエリアに聞いた。ティエリアはそれにめずらしいな、と返してから、「何も」、と答える。じゃあなんで泣くんだよ、とハレルヤはなにが何だかわからない様子で、ティエリアにまた尋ねた。
ティエリアは、こいつに小さい刹那に会ったなんて言っても笑ってからかってくるに違いないと思った。ただある人の幸いを願っただけだ、と曖昧にそう答えると、ふーん、とハレルヤは頷く。
「ま、いいや、どうでも」、と、興味がなくなったように、足を組んで息をついた。ティエリアもまた、それを見てから目を閉じる。「おーい、寝んのか」、とハレルヤが聞いてきたが、ティエリアはなにも答えなかった。そのうち彼が言うように、ティエリアは眠りについてしまう。
***
ティエリアは、夢の中でも寝ることはできるんだな、と不思議な感覚を持ちながら目を覚ました。
コンパートメントの、向かいの席にいたはずのハレルヤの姿はみえず、窓の外も変わらず、闇を孕んでいた。
星の数は増えたように思う。おそらく衛星だろうか。今までみてきたものよりは、いくらか大きいもののように感じた。
もう彼は帰ったのだろうか、と、ティエリアは痛くなってしまった背中をぐ、と伸ばしながら立ち上がる。どちらに行ったのかはよく分からなかった。
どこに向かおうと思っているのか、自分でもよくわからずにティエリアはコンパートメントをでて通路を歩き始めた。
そういえば、この汽車は、何時まで止まらずに走り続けるんだろう、とティエリアは思った。
もう随分と止まらずに走り続けている気がするが、これが、本当に汽車で、走っているのが、揺れの多さから察するに、何らかの線路ならば、駅のひとつくらいあってもいいものなのに。「本当に僕の夢ならば」。ティエリアはふと歩みを止めた。
待て、本当に、僕の夢か、と、ティエリアは何故かその時不安になった。
(アレルヤの時や、五年前の刹那、フェルトの時までは、ちゃんと、自分の夢だという自覚はあった。それが今はどうだ)。ティエリアはどうして、まだ会う前の刹那や、ハレルヤが来てしまったのだろうと考えた。
考えたが、生憎答えは見つからなかった。(会いたかった?まさか)、と、ティエリアはあるはずのない考えを頭に浮かべた。すぐにそんなわけはない、特に彼には、と、首を振る。けれど、否定しきれなかった。
その時、がたがたがた、と一際大きく車体がゆれた。
特に支えもなかったので、ティエリアはふらついた。足元に力が入らず、バランスもとれず、(あ)、と気がつけば体が傾いていた。痛みがあれば、もしかすると目を覚ますだろうかと、ティエリアはふと思う。「なにやってんだメガネ」、と、それは途中で止まってしまって、叶わなくなってしまったけれど。
ティエリアは一瞬何が起こったのかわからず、「なにも」、やってない、と答えて、は、とハレルヤから失笑を買う。
「そーかよ」、とハレルヤがぱっと手を放すと、ティエリアはそのままびたん、と床に転がった。
さすがにティエリアも、転んだ自分自身に驚いて、それからしばらくして、手をいきなり放したハレルヤにも怒った。君はどうしてそう、と声を荒げた瞬間に、ハレルヤと目があった。「なんだ」、とティエリアは、何故かニヤニヤして満足そうな、ハレルヤに問う。「別に」、やっといつもどおりになったじゃねーか、と言われて、ティエリアは黙りこんだ。
彼は昔もこうだったかと、ふとティエリアは疑問に思う。
それからティエリアは、そうだ、別に彼のことなんて特に知りもしない、ということに気がついた。
大体、顔をあわせたことも、あの日以降なかなかなかった。だから知らなくて当たり前だ、とティエリアは納得した。アレルヤの容姿をしてはいるが彼は別人だ。
けれど、別人格、というよりは、なんだか本当に別人のようで、ティエリアは彼等が本当は双子かなにかではないのかとふと思った。この場に二人そろって出てきても驚かないだろうな、とティエリアは思った。
「そういえば、何だ」、とティエリアはそこまで考えて、顔を上げた。「何かあったのか」、と、ハレルヤに問う。
ハレルヤは、あーそうだった、と、頷くなり、ティエリアの手をつかんで引っ張った。
理解できずに、ティエリアは引っ張られるままにハレルヤについていく。「まだ寝てたら俺様が起こしてやろうと思ってたんだが」、丁度起きてきたみてえだし。「聞きたいことあんだよ。お前なら知ってるだろ」、と、歩きながらハレルヤはそう言う。ティエリアは何のことだ、と疑問符を頭の裏に浮かべた。
あの日と同じだ。他人のことなんて考えもせずに自分やりたいのことだけしか考えていない。ティエリアはため息を飲み込んだ。久々ににぎやかな空気だ、と何故かそれが嬉しかった。
ハレルヤはティエリアを展望室へ連れて行った。「ここすげーよな」、ぶらぶらしてたら見つけたと、部屋に入ると、すぐにティエリアの手をぱっと放す。
「でさ」、とすぐに窓の外を指差した。「あれ、何て言うんだ」、?、と、ハレルヤは問うた。
ティエリアは、あれ?、とハレルヤの指差した窓の外を見た。窓の外は今までの星と質量の違う、褐色の星があった。「木星」、とティエリアは答える。「他の名前に、ジュピター、ラテン語読みでユピテル、どちらも主神の名前だな」、とティエリアは言った。
「こういうのって全部神様のなまえだったか」、とハレルヤがさらに聞いた。窓に近づいて、その透明な隔たりに手を合わせる。「全部ではないが」、とティエリアはその背中に答えた。自分も、ゆっくりと歩いて席に腰掛ける。
へえ、とハレルヤは頷いて、「でけえなあ」、とつぶやくようにそういった。素直に感嘆しているのか、とティエリアは思った。まるど子供のようだ、とも。
木星は質量が大きいため他の星に与える影響がひどく強い。衛星の多さも今までに見た星とは違う。まだ名前のない星もあるが、半分以上は名前が付けられていた。「なあ、そういやあいつ、元気か」、とハレルヤはティエリアに聞いた。
ティエリアはあいつが誰のことを言っているのかわからずに、「あいつ?」、とハレルヤに聞き返す。アレルヤだよ、とハレルヤは言った。「元気か」、?
ティエリアは、君の方が、僕よりかは、ずっと知っているだろうと答えた。けれど、元気ならいいんだ、とハレルヤはそう言う。ふと、もしかして彼と話していないのか、とティエリアはハレルヤに聞いた。ハレルヤはそーだよ、と頷いて、「メガネ、お前、馬鹿だろ」、ともう一度言う。
「夢にいるってことは寝てるってことじゃねーか。レム睡眠にしろノンレム睡眠にしろ意識はねーんだよ。無意識の中にずっといるんだって、そんなこともわかんねえのか?」。
がこん、と、ハレルヤがティエリアをふりかえった瞬間に、汽車が音を立てた。
作品名:あなたが銀河に戻るまで 作家名:みかげ