あなたが銀河に戻るまで
「なんだあ?」、とハレルヤもティエリアも何の音かわからずに、きょろきょろと見回した。窓の外を覗いていたハレルヤは、通路の方へ出て行く。ティエリアはさっきまでハレルヤがいた窓へ近づいて、窓に額をつけた。
奥を覗くと、屋根のある場所がすこしだけ見えた。もしかして、ああ、と、ティエリアは、窓を離れて、ハレルヤが出て行った通路へ向かった。
ティエリアには気になっていたことがひとつあった。何回か往復をくりかえしてはいるが、この汽車には出入り口がなかった。
人を下ろすこともないだろうとは思っていたが、どこから乗せてきたんだろうという疑問を、夢の中であるから、という答えで誤魔化していた。
ハレルヤはコンパートメントの中にいた。窓の外をじっと見て、やってきたティエリアに「これって、駅か?」、と聞く。ティエリアは、だろうな、と答えた。誰もいないが、確かにそれは駅だった。…あったのか、とつぶやく。
ハレルヤは、今までなかったのかよ、とティエリアに逆に聞いた。軽く笑う。
「降りてみっか」、とハレルヤが言うので、「好きにしろ」、とティエリアは答えた。
汽車にはやはり先ほどまでなかった出入り口が増えていた。いままでもずっとそこにあったように鎮座している。ハレルヤは何の疑問も抱かずにそこからホームへ降り立った。
ホームには空色のプラスチックのような素材の椅子と、駅の名前がかいてあるはずの看板が立っている。屋根はあったが、こんなところに屋根をつけておく意味はあるのだろうかと、ふとティエリアは思った。
ハレルヤはホームにおりて、ぐるぐるとホームの上を歩いて回っているが、ティエリアは汽車のその、出入り口に腰掛けたままだ。
息は出来るのか、とティエリアはハレルヤに聞いた。「出来ると思ったらできるんじゃねえの」、だって夢の中だろ、とハレルヤは言う。
たしかに、まるで止まってしまったように、宙は動かず、この場所が、ただ星の柄の壁紙を張っただけの部屋のようにも思えた。
出来るとおもったら、できる、か、とティエリアはハレルヤの言葉を反芻する。
ハレルヤはおー、と感嘆の声を上げていた。「あの窓よりよく見えるな」、と、木星と、その衛星のいくつかをただじっと眺めている。
ティエリアは膝を抱えた。出来ると思ったら、そうか、じゃあもしかして会えはしないか、とティエリアは思った。浅はかな考えだとは思ったが、もしかすると出来ないこともないかもしれないと思った。
「メガネェ」、とハレルヤが呼んだので、ティエリアは顔を上げた。ハレルヤがにい、と笑っている。「多分それ、もうちょっとで動くぞ」、と、汽車を指差した。なぜ、とティエリアは思ったが、ハレルヤの言う意味がよく分からない。
「俺、ここに残ってくわ」、と、ハレルヤが言い出したので、馬鹿かきみは、とティエリアは毒づいた。「夢の中だといっても、それじゃあ」、と言いかけて、「俺様はな」、と、ハレルヤの言葉にさえぎられる。
「別にあいつ等を嫌いってわけじゃねえんだ。それは『女』も一緒だろ。ただ、笑ってるところに俺が出て行くよりは、寝てたほうがいいんじゃねえかな、って思うこともあんだよ。ハレルヤ、ハレルヤ、って呼んでても、本当に死にそうな時まで出ていかねえって決めたのは、あいつに守るもんがあるからで、それをあいつの代わりに俺が守ったって意味ねえってわかってっからだ」、ハレルヤはそうティエリアに言う。
ティエリアは、アレルヤと、彼女、マリー・パーファシーのことだろうとすぐにわかった。何故僕に言うんだ、とすぐに答える。「さあな、ただの独り言だぜ」、?とハレルヤはティエリアを振り返った。
「覚めたら言っといてくれよ。アレ、木星っていうんだったか?教えてくれてどーも」、と、彼に似合わない言葉が出てきたので、ティエリアは焦った。
何かを言おうとしたが、がくん、とまた汽車が揺れたのでティエリアは言葉を飲み込む。
思わず立ち上がって、壁に手をついた。顔を上げると、ハレルヤが動いている。いや、違う、とティエリアは首を振った。「ほら、動いたろ」、とハレルヤが言う。ティエリアはそれで、汽車が動いているのだとやっと気がついた。
「早く乗れ!」、とハレルヤに向かって叫ぶ。
ハレルヤはゆるく首を振ってから、「ゆっくり歩いてくさ。線路はあるんだから、お前と逆の方向にもどってきゃいつか帰れるだろ」、ああ、帰りに見つけたら拾ってけよ。そういって笑った。
ティエリアは汽車のドアが閉まってしまって、その後にハレルヤがなんと言ったのかよく分からなかった。「いつか」、までは聞き取れたと思う。なんだろう、と、ティエリアは思った。
続きはもう聞けなかった。彼を置いて、汽車はまたかたたん、こととんと、規則的に揺れて、走り始めてしまった。
6. 流れ星の羊飼い
ティエリアはまた窓の外を眺めていた。
自分が望めば多分、いくらかのタイムラグはあっても、それが叶ってしまうことをティエリアは知ってしまった。だってここは夢なのだから。
当たり前といえばそうなったし、どうして今まで気がつかなかったのかと、不思議で仕方がなかった。
ただし、いくつかティエリアの意思の及ばないところもあることに、ティエリアは気がついた。
ティエリアは、ティエリアの元へやってくるのが誰かを知らない。そしてそれを望んでもいない。加えていつやってきて帰ってくるのかもわからない。
どうすればいいのだろうと、ティエリアは途方にくれた。夢から覚める方法も見つからない。そして望んでも。「会えない」。
彼をあそこに置いてきてしまって、しばらく経った。窓の外に、次に見え始めたのは、やはりあの星だった。
ある意味事故のようなもので、そして彼の意思ではあったけれど、今ごろどうしているのだろうかと、ティエリアはまだ頭を悩ませていた。
コンパートメントと通路、そして展望席以外此処には何もない。窓の外には星があったが、ティエリアには、何故かもう感動が薄れてしまっていた。また寝てしまおうか、とティエリアは思う。夢の中で夢をみるというのはひどく愉快な行為だと思った。
その夢の中にも自分はいるんだろうかと、ティエリアは考えて馬鹿馬鹿しくなる。どうしようもなくなって、ティエリアは立ち上がった。
狭い窓から外を眺めているよりは、展望席へ行ったほうがいいだろうと思ったのだ。
ティエリアには誰かが来た、とわかる時とわからない時があった。今回の場合は前者だった。
ティエリアは通路を抜けて、展望室に入ったとたん驚いた。ソレスタルビーイングの制服と、煙草がなければおそらく泣いていただろうと、ティエリアは思った。
展望室の窓を見上げながら、ロックオン・ストラトス、もとい、ライル・ディランディは煙草の煙を吐き出していた。入ってきたティエリアに気づいた様子はなかったが、かつかつかつ、という足音で、ライルは通路の方へ視線を向けた。
「あ、教官さ…」、ん。と言いかけたライルの煙草を、ティエリアはひったくり、そのまま床へ投げ捨てて足で踏み潰した。
作品名:あなたが銀河に戻るまで 作家名:みかげ