嗚咽を殺して泣く子供
なんてふざけたことを、ヘラヘラした顔のままほざいていたのだ。俺はこの人のそんなストレートな愛情表現が恥ずかしくて、ついついいつもそっけない態度をとってしまっていた。
だから、顔を青くして静かに横たわっているタカ丸さんの姿は、俺にとってかなりの衝撃だった。いつもとは全く違うその姿に、全く知らない人間を目の前にしているかのような戸惑いを覚えた。この人でもこんな顔をするんだ、なんて考えて、ちょっと怖くなった。
考えてみれば俺は、この人のことを知っているようで、何も知らないのかもしれない。
いつもヘラヘラした笑顔を張り付けて、こちらが照れて戸惑ってしまうくらいの愛をささやいてくれる、そんなタカ丸さんの姿に、すっかり慣れ切ってしまっていた。
一見ヘラヘラしてみえるその顔の下で、タカ丸さんはどれだけの苦しみや苦労、悩みを抱えていたのだろう?少なくとも俺は、タカ丸さんが倒れてしまうほど疲れているなんて、知らなかったし、気づかなかった。
いつも惜しみなく愛を与えてくれるタカ丸さんに対して、俺はちゃんと応えていただろうか?自分の気持ちを表現するのが苦手な俺は、タカ丸さんに対しても、なかなか素直になれていなかった。
もし俺が逆の立場なら、自分も相手に愛されているのか不安になるだろう。
でもこの人は、そんなことを決して、言葉や態度に示さなかった。それが俺を気遣ってのものであることは、色恋ごとに疎い俺でもはっきりとわかった。
タカ丸さんは相変わらず、青い顔で横たわっている。俺はたまらず、タカ丸さんの手をとり、ぎゅっと握りしめた。握りしめた手のひらは、手裏剣などでついたとおもわれる細かい傷や、潰れて硬くなってしまった肉刺に覆われていた。そこには、初めて手をつないだ時に感じた柔らかさはなくなっており、少しずつではあるが確実に、タカ丸さんの手は忍びのそれへと近づきつつあった。
この人が忍びを目指し努力していることは俺も知っている。だが、この手を見る限り、俺の知らない所でも懸命に努力しているのだろう。
元々ずぶの素人であったタカ丸さんが、厳しい事で有名な忍術学園に編入してきたのだ。しかも、身につけていた髪結いという職を置いて、これまで過ごしてきた町とは全く違う環境に飛び込んできたのだ。きっと計り知れないほどの不安や戸惑いがあったことだろう。
作品名:嗚咽を殺して泣く子供 作家名:knt