嗚咽を殺して泣く子供
それでもこの人は、(少なくとも俺には)弱音を吐いたり、愚痴ったりすることもなかった。いつもあの能天気な笑顔を浮かべ、前向きに日々勉学に勤しんでいた。
タカ丸さんはきっと、一歳という年の差以上に、俺より精神的に大人なのだろう。そしていつもなかなか素直になれない俺を甘やかしてきたのだ。その甘やかし方はあまりにさり気無いもので、俺は自分がこの人に甘えているという自覚すら感じないほどだった。そして俺は、タカ丸さんにすっかり甘えてよりかかってしまい、この人の気持ちに応えたり、この人が心の内に抱えていた葛藤や不安なんかにも気づくことができなかった。
――俺は自分が情けなかった。情けなくて情けなくて、今にも涙がこぼれそうだった。
「…くくち、くん…?」
瞼の奥の方にじわっと涙がにじんだ時、聞きなれたやわらかい声が、俺の名を呼ぶのが聞こえた。
「!?タカ丸さん!?目が覚めたんですか!?」
俺ははっとして枕元の顔を覗き込む。
「あは…っ、やっぱり久々知くんだ〜。」
閉じられていた白い瞼がゆっくり開く。茶色い瞳と視線があうと、タカ丸さんはふにゃりと音がしそうな笑顔を見せてくれた。
「タカ丸さん、大丈夫ですか!?どこか痛いところはありませんか!?」
安堵すると同時にやっぱり不安になり、俺はついついタカ丸さんに質問ぜめしてしまう。
「大丈夫だよ。…久々知くんこそ大丈夫…?」
タカ丸さんは相変わらず柔らかな笑みを見せつつ、俺に聞いてきた。俺が大丈夫かって…?一体どういうことだ…?
「タカ丸さん、何言って…」
「あのね、僕、夢を見たんだ。」
「…夢?」
唐突に何を言い出すのだろう?不思議に思って聞き返すと、タカ丸さんはさっきまでの穏やかな表情とは一転し、真剣な顔で、ゆっくりと口を開いた。
「…夢の中でね、久々知くんが泣いてたんだ。」
「夢の中で、俺が…ですか?」
タカ丸さんは俺の方を見てうなずき、言葉を続けた。
「久々知くんが、泣いてたんだ。真っ暗な部屋で、子供みたいにうずくまって、泣き声押し殺して。僕はそんな久々知くんを慰めたくて仕方ないんだけど、なぜか久々知くんの方に全然近づけないんだ。」
「…。」
「「久々知くんだけにはこんな顔させたくないのに」、なんて思ってたのに、一歩も近づけなくてさ。凄く悲しかったし、情けなかったよ。」
「……。」
この人は本当に…。
作品名:嗚咽を殺して泣く子供 作家名:knt