moria
「……、…………」
声が遠い。しかしこれは好機と青葉はメンバーに目配せした。彼らもよく理解しているようで、足音を忍ばせて大男の背後に回る。青葉らのいる部屋を大きく迂回するような作りの廊下が幸いした。
「ええ、ええ分かってますよ。青葉ってガキをやりゃいいんでしょ」
不意に聞こえた言葉に、青葉は息を飲んだ。こいつらを指揮している者がいる。そいつは自分を知っていて、なんらかの恨みを持っている。しかしそれだけでは相手のヒントへは繋がりはしない。逆恨みであれば言うまでもなく相手などわかりはしないし、ブルースクウェア絡みであっても青葉とブルースクウェアという組織との繋がりは限りなく薄いように見せているため青葉個人を攻撃する要素にはならない筈だ。もしやどこからか青葉がブルースクウェアを指揮しているのがバレているのだろうか。内部からの情報漏れというのは考えにくい。残るは折原臨也か、竜ヶ峰帝人しかいない。いかし折原臨也と青葉の繋がりは元々薄い。以前顔を合わせた程度である。彼に恨みを持たれる要素など、青葉にはさっぱり思いつかない。まさか帝人先輩が、とも思うが、彼にとっても現時点でブルースクウェアを失うのは痛手だろう。それとも他に有用な組織が見つかったのだろうか。それなら自分達は用済みということなのだろうか。
男の声が急に途絶えて、青葉ははっと意識をそちらへ遣った。電話をしていた男が昏倒している。抵抗する間もなく殴られて気絶したようだ。ためらいなく物影から顔を出した青葉は、倒れた男の脇でにやにや笑っているメンバーに軽く声をかけると、取り落としたらしい黒い携帯電話を手に取った。電話はまだ切れていない。すぐさま耳に押し当て、こちらの状況が掴めていないであろう相手に青葉は言葉を発した。電話の向うは沈黙している。
「てめえ、何者だ」
相手は沈黙したままだ。名前だけではない、声も知られているらしい。なんとか会話から相手の情報を引き出せないかと青葉は考えるも、
『ちっ』
ぶつり、電話が切れた。舌打ちを一つ残しただけで。
相手の電話番号だけでも、そう思うが表示されていたのは非通知発信の文字。ご丁寧なこって、と青葉は眉を顰めた。
「お前らは今の要領で下の奴らも片して来い。1対2ならまず負けねえだろ」
ばたばたと駆けだすメンバーの後姿を見やりながら青葉はメール画面を開く。受信BOX、送信BOX、見ていく度に胸糞悪い思いが青葉の思考を占めていく。古いものは一週間ほど、新しいものではついさっきと、ブルースクウェアの情報や現在地などが仔細に書かれたメールが送られていたのだ。決行、と書かれた日付は今日を示している。時間まで細かく指示されているようだ。ヨシキリらも追われていた、と帝人は言っていた。この襲撃は計画されたものらしい、青葉はそう確信した。
階下ではくぐもった男の声が時折聞こえる。どうやら上手くやっているようだ。ここの奴らをのしてしまったら、まずはヨシキリらと合流しなければならない。それから、と考える。それからどうすべきだろう。順当にいけば帝人に連絡をすべきだ。しかし考えたくはないが帝人が情報を流したのではないかという思いが脳裏をちらと過ぎる。もしそうなら現在の状況を知らせるのは危険すぎやしないだろうか。
迷いに迷った末、青葉は取り出した携帯をポケットに仕舞った。
とにかく、今は他のメンバーと合流しなければならないのだ。