moria
ここ数日、面白くない日々が続いていた。
それが折原臨也のせいであることを、青葉は確信していた。確かに帝人にとって折原臨也の持つ情報網は魅力的であろう。それでもあの変人を信用するということに、青葉は苦言を呈さずにはいられない。もう何度帝人に訴えたことだろう。「あの男は信用ならない」「どうして信頼できると言えるんですか」その度に帝人は笑ってはっきりと答えなかった。
青葉にとって帝人は大事な人間だった。自分達ブルースクウェアが隠れられるだけの深く広い海、それを提供してくれる人物。粛清という大義名分を得たことでより堂々と暴れられることが出来るこの場所を、青葉は気に入っていた。
折原臨也はおそらく帝人を利用しようという腹積もりだろう。下心もなしに動くことはありえない。そして臨也のはかりごとの結果が自分達にとっておそらく不快であろうことは容易に予想がついた。なんとかして臨也を帝人から引き離さなければならない、青葉はそう決意する。
「青葉君、ぼうっとしてどうしたの」
きょとんといった風情で帝人は青葉を見た。どんよりと曇った空の下である。昨日の大雨が空気に残っているかのように湿気を孕んだ冷たい空気が気持ち悪かった。
「先輩、折原臨也のことをどう考えているんですか」
放課後、湿った色をした道路を歩く。帝人は「またその話?」と曖昧に笑った。
「臨也さんのことは信用してるよ。そりゃあ、気紛れな人だけど。でも、悪い人じゃない」
また、だと青葉は呟いた。『悪い人じゃない』帝人から何度この言葉を聞いたことだろう。臨也はよっぽど帝人を丁寧に丁寧に扱ってきたようだ。不信感を抱かれない距離で、それとなく帝人に便宜を図っていたのだろう。周到なことである。青葉はふんと鼻を鳴らした。
「悪い人じゃなければいいんですか」
「違うよ青葉君。悪い人じゃないうえに、十分に利用価値がある人だ。君みたいにね」
指をさされて青葉はたじろいだ。まだ帝人からこうして何か突き付けられるのには慣れない。暗に青葉には利用価値があると言われたことに対する喜びがじわじわと体を侵蝕して、青葉は悟られまいと顔を俯けた。
「青葉君」
はい?と反射的に返事をして帝人の顔を見た。帝人はまだ笑顔である。
「僕は君も信頼しているよ」
自然に帝人は青葉の手をとる。普段から接触の少ない帝人が、青葉に対して友人にするような行動を見せる。ひょっ、と見せるその顔に青葉はぐらぐらする。冷徹で非道なダラーズのリーダーとその忠臣、平凡で控え目なただの高校生とその後輩。どちらともに今帝人に一番近い場所にいるのは折原臨也でもなく、紀田正臣でもなく、園原杏里ですらない。黒沼青葉だ。その自負は心地いいものだった。例えるなら子供の独占欲。青葉は帝人の少し冷たい手を握り返した。
「先輩、ずるい人ですね」
そんなことないよと帝人は困ったように言う。マリンボーダーのマフラーに隠れた口元から白い息が出た。面白くない日々のことは、少し忘れたようだ。
独占欲だからどうした、と青葉は思う。
この温度の低い手を絶対に離すものか。