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だから、側に居て

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その風の名は、





クリスマス・イブの気温は例年になく冷え込んでいるらしい。ホワイトクリスマスになるかも、とはしゃぐクラスメイト達を横目に、帝人は鞄に教科書を詰め込んだ。
明日から冬休みだというのに気分が重いのは、あの夜のせいだと分かっていた。いろいろとショッキングなことを言われた気がするけれど、臨也はまるでその日のことを覚えていないような態度をとるので、結局、真意を探れないままで居る。
「帝人、お前明日のクリスマスどうすんだ?予定あるか?」
前の席の椅子に逆向きに座り、正臣が問いかける。帝人は少し考えてから、
「寒いから、家にいるよ。バイトもしないと来月キツイし」
と、最もらしく嘘を付いた。
本当は、最近臨也と顔を合わせづらくて帰宅後はバイトばかりしているのだけれど。
「マジで?狩沢さんたちとカラオケパーティー行くって話してたんだけど、お前も来ないか?あ、でもマジで金ピンチならバイト優先しろよ」
「・・・うん、ごめん。ちょっと今月はどこにも遊びに行けない感じ」
「そっか」
つれないなーとか言いながらも、正臣はしつこく誘うことはなかった。多分自分も、彼女と過ごすことにしているのだろうし、これ以上はお互いに野暮だ。ごめんね、と繰り返して、帝人は帰宅準備の整った鞄を抱える。
「さ、もう行こうか」
「杏里は?」
「張間さんと帰るって、先に行ったけど」
「つれねえー!」
せっかくのクリスマスイブなのに、花がないねえ!と大げさに嘆く正臣に、思わず笑いが漏れた。と、その時。
「クラス委員残ってる?」
ガラリと教室の扉をあけて、顔を出したのは臨也だ。帝人は思わずぎくりと体をこわばらせ、それからそっとそちらを振り返った。
学校ではめったに外すことのない眼鏡の奥、冴え冴えとした瞳が、探しまわることもなく最初から帝人を捉えている。残ってる?だなんて滑稽な。きっと残っていると分かっているから来たんだろうに。
「・・・います」
観念して手を上げれば、臨也は大きく頷いて、
「悪いけど、休み明けに使うプリント製本するから、手伝って」
と、命じた。
「ええー!?先生オーボー!今日はクリスマスイブだぜー!健全な男子高校生には普通、予定くらい入ってるだろー!」
「正臣いいから、別に僕予定ないし。悪いけど一人で帰って」
「ほんっとに、つれねえー!」
こんな時まで優等生やってんなよ帝人―!と駄々をこねる正臣を適当になだめ、帝人は鞄を机に置いて臨也の方へ駆け寄った。クラスメイトたちが、「ついてねーなー」「がんばれ」などと声をかけてくれるのにも適当に反応を返し、それでも頭の中は臨也でいっぱいなのだから笑える。廊下で待っていた臨也が上を指差して歩き出す、その背中について歩く。行き先はどうせ資料室だ。
こんなふうにクラス委員の仕事意外で話しかけてきたのは、今日が初めてだ。何か、あるのだろうか。もしかして今日、やっぱりどこかに出かけてくれとか、そういう話だろうか。
帝人がそんなことを考えている間に、資料室の扉を開けた臨也が振り向いて、どうぞ、とやけにかしこまった声を出した。促されるまま中に入れば、すでに珈琲の匂いが立ち込めている。
「先生?」
「ごめん、ほんとにごめんなんだけど、手伝ってくれる?」
扉を閉めて珈琲をマグカップに注ぎながらそんなことを言われて、改めてデスクの上を見れば、一組五枚ほどのプリントが交互に積み重ねられていて、それがかなりの量だ。さすがに帝人も引きつった。
「え、これ全部・・・?」
「愕然とするよねマジで。全校生徒分だよ?俺に押し付けるとか酷くない?」
「うわあ」
一枚手にとってみれば、それは冬休み明けから春休み前までのスケジュールとそれに対する注意事項などが書かれたプリントだった。特に部活動の活動割り当てなどが主な内容のようだ。
「とりあえず、揃えて左上とじればいいんだって。五枚セットにするところまでは終わらせたから、そっちの山ホチキスお願い」
これが終わるまで俺帰れないよ、とぼやく臨也に思わず笑って、帝人は差し出されたホチキスを手にとった。
何だ、良かった。まだ自分には、この教師と一緒にケーキを食べる権利があるらしい。
「これは貸しにしておきますね、先生」
「したたかだなあ帝人君は。いいよ、あとでわがまま聞いてあげる」
だからとにかく終わらせよう、とホチキスをカチカチ鳴らす臨也に倣い、帝人もプリントをとじる。さて、どんなわがままを言おうかと、そんなことが今から楽しみでたまらなかった。



しばらく無言でホチキスを延々とめる作業をしていた帝人は、残りが半分以下になったくらいのタイミングで一旦手を止め、ぐっと伸びをした。延々同じ作業をしているので、肩がこる。ふとマグカップを見れば自分の分も臨也の分も中身が空っぽだったので、一息つこうかと立ち上がった。
「先生、珈琲いりますよね?」
「お願い」
短く答えた臨也のほうは、帝人より少し進んでいる。この分ならそんなに遅くならずに帰れそうだなと考えながら、帝人は珈琲メイカーのスイッチを入れた。ゴボゴボとお湯の沸く音が響いて、珈琲の匂いがふわりと広がる。
「帝人君さあ」
その時不意に、臨也が口を開いた。
「冬休み、どうするの?」
「え?」
どうする、とはどういう意味だろう。とっさに判断がつかずに首を傾げると、臨也は付け足すように口を開く。
「実家に帰るの?」
ああ、そう言えばそれも考えなきゃいけなかったんだ。帝人はとりあえず実家までの往復交通費を考え、今月に入ったバイト代から引いてみたが、思っていたよりなんとかなりそうだ。もっと金銭的に切迫していたら無理です、とも言えるのだが、これでは帰らない理由がない。
思えば夏も帰らなかったのだし、一年に一度くらい、顔を見せに行くべきなのかも知れない。実家に帰っても何もすることはないのだけれど。
「えっと、今のところ予定としては、大晦日に帰って三日に・・・」
そこまで言って、口をつぐむ。もっと早くに帰るべきだろうか、臨也は何て言うだろう、そんなことが気になって。
「・・・こんなこと言うの、自分でもどうかと思うんだけどさ」
カチカチと臨也がホチキスの音を響かせる手を止めないまま、つぶやくように言う。


「・・・居てよ」


乞われた言葉は、思っていたのとは真逆で。
帝人は息を飲んで、とっさに何も答えることができなかった。この声を聞くのは三度目だと思う。頑なにこちらを見ないままの臨也の背中が、何を言いたいのか、想像だけならできるけれど、でもそれじゃ足りない。
「向こうで何か約束でもあるなら、無理にとは言わないけどさ」
「いえ、特には、あの、でも・・・」
「じゃあ、居て」
やっぱり前と同じように、懇願するような声が言う。許されるなら、居てもいいなら、帝人だってあの家に居たいと思うけれど、本当に邪魔じゃないんだろうか。帝人が居て、ほんの少しでも臨也にはメリットが在るのだろうか。
「っ、先生は、なんでそういうことを言うんですか」
口を付いた言葉は少し泣きそうだった。知れず震えていた手のひらをギュッと握って、大きく息を吸い、吐く。どうしてそんな声で、どうしてそんなことを。
作品名:だから、側に居て 作家名:夏野