だから、側に居て
「・・・おせち重箱で買うの、夢だったんだ。帝人君が居るなら食べきれそうだし。それに、正月の浮かれたテレビ番組とか、一人で見てるの虚しいし」
やっぱりこの前と同じような言葉でごまかそうとする、その背中に。
帝人は叫んだ。
「はぐらかさないでください!」
ちゃんと言って欲しいと思う。このままじゃ勘違いしてしまいそうだ。そしてそれを、ちっとも嫌だと思っていないから余計に困るんだ。臨也が触る、皮膚の感触に一喜一憂して、こうして二人きりの空間を心地いいなと思ったりして、もしかして彼は自分を好いてくれているんじゃないか、なんて。
期待してしまうじゃないか。
「・・・年明けたら、君、元のアパートに戻っちゃうだろ」
「改装が終わったら、そりゃ、戻りますけど」
「それが当たり前なんだって、俺も自分で何度か自分に言い聞かせてみたけど。でもさあ、やっぱり俺は嫌なんだ。君がおかえりなさいって言ってくれるのが心地良くて、柄にもなく、ずっとこのままでいてくれないかな、なんて考えてさ」
「せん、せ」
「いっそ縛り付けて攫っちゃおうかなあ、なんて。教師としてどうなんだろうね、俺」
「・・・っ、先生!」
だから、なんでそういうことをさらっと言うんだ。
睨みつけるようにして見つめた背中は、振り向く気配さえ無い。手を止めないままで臨也が、噛み締めるように、ただ。
「戻んないでよ」
そんなことを、言うから。
声が震えているように思えて、今のは幻聴だろうかと考えて、それでも現実だと思いたくて帝人は自分の頬をつねってみたりして。
「そ、れは・・・」
つまり、と続けようとした帝人の声を遮るように、その時電話が鳴り響いた。
「っ!」
とっさに口を閉ざした帝人の視界の中で、少しだけためらった臨也が内線を取る。
「はい折原」
帝人は一気に緊張感の薄れた空気に、は、と小さく息を吐いた。とっくに出来上がっていた珈琲を自分と臨也のマグカップに注ぐ。その手がやっぱり細かく震えていて、そんな自分に苦笑した。何事かやりとりをした臨也がため息をつきながら受話器を置いて、そのまま立ち上がってようやく振り向く。
「ごめん帝人君、ちょっと呼ばれて、行ってくるから」
「あ、はい。続きやっときます」
「自分の分終わったら帰っていいからね」
じゃあ、と資料室を出て行く背中を見送り、帝人は体から力が抜けるような気がして、さっきまで臨也が座っていた椅子に倒れこむように座った。結局一番聞きたかったことは聞けなかった、けれど。
冬休み、居てもいいらしい。臨也からいて欲しいと言われることは、いつも困ってしまうほど嬉しくて、帝人は今更赤くなった頬を抑えた。
やり場の無い思いをどうにか鎮めたくて、ホチキスをくるくると回してみる。もちろんそんなことで気分が落ち着くはずもなく、もどかしいまま作業を再開した。やりかけの資料を手にとって一心不乱にとじながら、そう言えばクリスマスプレゼント何も買ってないな、とか、そんなことを思う。
明日午前中でかけて、何か見繕おうか。そんな大層なものは買えないけれど、お世話になっているお礼・・・いや、違う。
あげたいから、だ。
ごちゃごちゃと掴み所のなかった気持ちが、徐々に整理され、帝人ははっきりとそれを自覚する。思えば春先の最初の授業の時から。あの、窓際で本を読む柔らかな、絵画のような光景を見た時から。帝人はいつだって臨也を心の何処かで探していた。廊下を歩くたび会えることを期待して、声だけでも聞こえればそちらの方を振り返ってみたりして、プリントを取りに来るように言われれば嬉しくて、こんな雑用でさえ、二人でできると思ったらそれだけで楽しくて。
誰にも色を変えない臨也の冴え冴えとした目が、自分に笑いかけるとき微かに色づく気がした。その笑顔を知るのはきっと帝人の他に何人もいないだろうと思うと嬉しくて。特別扱いなんかされて舞い上がって、だから、つまりそれは。
好きってことだ。
なんだ、そうだったんだ。
ようやく理解が追いついた感情は、自覚してしまえば今更という感じで笑えた。むしろこんなに好きで、よく今まで自覚しなかったなと思うくらいだ。
ああ、困ったな、次どんな顔して会おう。
こんな気持を抱えて一つ屋根の下なんて、どんなメロドラマだ。しかも先生と生徒だし、年の差なんか八つもあるし、男同士だし、こんなに障害だらけなのに。
困ったな、全然無理な気がしないや。
居て、と懇願するようにねだった声を思い出して、帝人は耐えきれず緩む頬を抑えた。