だから、側に居て
自分じゃわからないのだから、尋ねるしか無い。もしかしてすごく変な顔をしているんだろうか、と不安に思う帝人の頬を両側から包むように臨也の手が添えられた。
「・・・可愛くて困る」
もう一度触れた唇から熱が灯る。ただの皮膚と皮膚の接触でしか無いはずなのに、どうしてこんなに気持ちいいのか分からない。歯並びをなぞる臨也の舌が、少し乾燥して荒れた唇が、口内に感じる熱い息が、何もかもが。
帝人に浮遊感を与えて、まるで現実ではないようだ。
「んっ・・・、ふ」
なんだかすごいクリスマスプレゼントをもらってしまった。帝人はただ、触れ合うその唇の熱さが、愛しくて愛しくて、ただそれだけで。
離れようとする唇を引き寄せて、もう一度重ねて、それでもまだ足りない。もっと、もっと長く触れ合っていたい。ずっと触れていたい。そう思うことは臨也にとって迷惑になるだろうか。
「・・・帝人君」
荒い息の合間に、呼ぶ声は飢えるように乾いて。
ただその乾きを潤すのが、自分ならいいなと、そんなことを帝人は思う。
「っ、臨也さん・・・」
呼び慣れない名前をたどたどしく呼んで、ああそうだ、と帝人は忘れていた一言を思い出した。なにより先に、それを言わなくては。
「すき、」
静かな資料室に響いた自分の声が、まるで甘える子供のそれのようで、たまらなく恥ずかしい。一瞬声を失った臨也が少し乱暴に帝人を抱えあげたかと思えば、ざあっと音がしてデスクの上からプリントが雪崩落ちた。
明らかに、臨也が払いのけたらしい。
「っ、先生、何・・・っ」
「いい、そんなのまた作る」
「でも、」
「今、こっちのが大事」
こっち、と言われたのは明らかに帝人だ。帝人の体をデスクの上に横たえて押さえつけながら、臨也は自分の眼鏡さえ床に投げ捨てて、緩慢な仕草でネクタイを緩めた。
「帝人君にクリスマスプレゼントをねだっても、いいかな」
帝人の顔の横に手をついて、のしかかってくるのは大人の男の顔をした人。
その、余裕綽々の目が、色を変える瞬間を帝人は知っている。そしてその顔が、自分以外の誰も知らなければいいのにとも、思う。
「・・・何が、欲しいんですか?」
言われなくてもわかるけれど、あえて尋ねる。帝人ばっかり告白みたいなことをして、恥ずかしいのはフェアじゃない。臨也にもちゃんと、恥ずかしがってもらいたい。
「帝人君の、隣、頂戴」
近づいてきた唇が、帝人の頬に、額に、鼻先に、恥ずかしいほど丁寧にキスを落とす。
「君の欲しいもの、全部あげる。全部、全部あげる」
指を絡めた右手を引いて、その手の甲にも唇を当て、さらに臨也はその手のひらにもキスをする。帝人は、いつだったか現国の時間に、他ならぬ臨也に習ったフランツなんとかという詩人の「接吻」の詩を思い出して一人赤面した。
手のひらは、懇願のキス、だったか。
こう言うのを見越して、あんな授業をしたんだろうか。ものすごい笑顔で「すごい中二病詩人」とこき下ろしたのは自分の癖に。もしそうだとしたら、めちゃくちゃに性格が悪い。
「俺を全部、君にあげる」
唇が、最後に首筋に落ちる。そのまま鎖骨のあたりまで丁寧に。
「・・・臨也、さ・・・っ」
欲情のキス。詩の内容を思い出してたまらず声をかければ、そんな帝人を笑って、臨也は顔を上げた。
「だから、側に居て。ずっと、側に居てよ」
思えば最初から、臨也が帝人にねだっていたのはそれだけだった。
居て、と。何度か懇願するように投げかけられたその言葉は、怖いほど真剣で、痛いほどまっすぐで。だから帝人はそうして求められることが、嬉しかった。
いつだって、とてもとても、嬉しかった。
言葉に出来ないその思いを、どうやって伝えよう。この熱を、温度を、どうやって。ふたり分の体重を受け止めてギシリと音を立てたデスクの上、帝人は何度か息を吸って、吐いて。
「あげる・・・っ!」
精一杯に叫んだ言葉と一緒に、ぶつけるようにキスをした。
背徳感、罪悪感、そんなもの溶けて混ぜて飲み込んでしまえ。制服が悪いなら脱ぎ捨ててやる、関係性が良くないなら先生なんて呼ばない。だから。
だから、ちょうだい。
こくり、喉を鳴らした臨也の冷たい指先が、帝人の制服を暴いて腹に触れた。この冷たさを温めるのも、この人の乾きを潤すのも、この人の望むものを差し出すのは帝人だ。それ以外の、誰でもなく。
直に触れ合った皮膚と皮膚は、ただあまりにも当たり前のように互いの温度を別けあって。
だからもう二度と、離れなくてもいいんじゃないかなんて、思ったりして。
そして、二人で一つになる。