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だから、側に居て

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嵐は突然に





冷たく頬を撫でる北風に首を竦めて、帝人は白い息を吐き出した。
11月末の大通りは、すでにクリスマスイルミネーションに浮かれていて、通行人の足元も心なしかせわしないように感じる。つられるように帝人も足を早めた。
今月は少し、お金がピンチだ。
帝人は鞄の中の財布の中身について考えたが、無いものは無い。先月風邪を引いてネットビジネスのバイトが余り出来なかったのが痛かった。これから寒くなる時期だし、冬物も買いたいのだが、貧乏は深刻である。
給料日は来月十五日。あと二週間以上を、財布の中身でいかにして過ごせばいいのか。必死になって考えていた帝人は、そのままの勢いで誰かにぶつかってようやく我に帰った。
「っわ、すみません!」
慌てて謝れば、黒いコートの男がふわりと振り向く。
「あれ?帝人君じゃない。こんにちは」
「あ、折原先生」
春の出会いから、すでに半年以上。帝人はあれ以降もかなり臨也に構われている、いわゆるお気に入りの生徒だった。
もちろん、他の生徒達の手前堂々と構うことは無いが、例えば小テストが返ってくると帝人にだけコメントが付いていたり、放課後仕事と称して呼び出されて珈琲をご馳走になったり、他の生徒がいないところでだけ竜ヶ峰君呼びから帝人君呼びになったりする。そういう贔屓を今まで受けたことのない帝人は、いちいち驚いて居心地の悪い思いをするのだが、そんな態度も臨也がますます帝人を可愛がる要因であるらしい。
最近ではやっと、諦めることを覚えたところだ。
「何、買い物の帰り?」
「はい、カレー作ろうと思って。先生は?」
「服買った帰り。荷物、持とうか?」
「え!いや、いいですよ!」
確かに、今日は特売日だったのでいろいろと買い込んで、ビニール袋二つにぎっしりと食材が入っているが、道で偶然会った学校の先生に持たせるなんてとんでもない。しかし、首を振って荷物を遠ざけようとした帝人の左手から、臨也はスマートにビニール袋を奪い取った。
「まあいいから。君細いんだから、あんまり無茶しない方がいいと思うよ俺は」
「っ、気にしてます!」
「あはは、それはごめん」
この人にははっきり言わなくては全く意味が無い、ということも覚えた。帝人はため息を吐き出して、その白い空気を蹴散らすように、右です、と短く告げる。
もしかしなくても確実に、これは家まで持っていく、という意思表示だろう。こうなったら決して譲らないのが折原臨也だ。
「一人暮らしなんだっけ?ちゃんと料理してるんだ、偉いね」
袋の中身を覗き込みながらそんなことを言う臨也に、帝人は一瞬言葉に詰まって、大きく息を吐く。
「煮こむような料理なら、適当にできるんですけど、その」
「・・・もしかしてレトルトオンパレードな毎日だったりする?」
「パスタとラーメンとカレーとシチューの繰り返しですかね」
あはは、と乾いた笑いを漏らして、帝人は教師から微妙に目を逸らした。ビニール袋が重いのは、じゃがいもと人参と玉葱の三種の神器がぎっしりだからで、決して食材を豊富に買ったからではない。
「あ、でも今回は白菜買ったので、鍋とかにも応用ききますし!」
「帝人君さあ、彼女とかいないの?料理作ってくれるような」
「いるわけないじゃないですか!」
思わず怒鳴って、かあっと赤くなった頬を抑える。
「っ、先生みたいにカッコいいならともかく、僕みたいな平々凡々な男子に振り向いてくれる女の子なんて、そういませんよ」
ちょっと拗ねたような口調になったのは、仕方がないと思う。モテない男の愚痴だ。最初こそ、その強烈な印象に飲まれていた女子たちも、半年も立てばやがて折原教員は美形である、という事実に気づいてくる。今ではファンクラブみたいなものまであるらしいし、生徒に告白されたことも片手では足りないという噂なども耳に入ってくるのだ。そりゃあ、そんな臨也なら料理のできる彼女くらい、作るのは簡単だろうけれど。
「・・・ふーん、じゃあ帝人君は今フリーなんだ?園原さんとか仲いいみたいだけど、違うの?」
「園原さんは大事な友達です!っていうか、今フリーも何も、立派に彼女いない歴イコール年齢ですけど!」
「はいはい、怒んないでよ。その純朴なところが帝人君の魅力じゃない」
ね?と慰めるように言われて、帝人は改めて溜息をつく。要するに田舎臭いと言われているのだろう。そりゃ、この教師みたいな都会的な印象は自分には不似合いだけれど。
「先生、嫌味」
ふてくされて頬をふくらませた帝人を見下ろして、臨也はあはは、と声を上げて笑った。
「恋愛が全てじゃないけどね。若いうちに恋しておくのもいいと思うよ。俺みたいに初恋が遅いとさあ、どうしたらいいのかわかんなくってホント大変だから」
「え?」
人事のように言われた臨也の言葉に、帝人は驚いて顔を上げた。初恋が遅いとどうしたらいいのかわからなくて大変だ、と今言ったようだが、あまりにそれが臨也の印象とはかけ離れていて戸惑う。意外に、恋愛経験値が低いということなのだろうか?でも、そんなふうにはとても見えないのに。
「・・・先生って何でもできる人だと思ってたけど、違うんですね」
思わずこぼれた言葉に、臨也は少しだけ眉を寄せて、困ったように笑った。
「俺だって人間なんだから、何でもは無理だよ、さすがに」
「あ、いえ、あの、すみません」
「別にいいけど・・・どっち行けばいいの?」
「あ、ここまっすぐです。すぐそこの、あのアパート」
話し込んでいるうちにいつの間にか近づいていた家を指さして、帝人は臨也より一歩前に出る。ポケットから鍵を取り出して、そのドアに駆け寄れば、ええー?と臨也の声が帝人の背中にぶつけられた。
「ボロっ!」
「・・・先生って正直ですよね、よくも悪くも」
確かに、目下帝人が一人暮らし中のこのアパートは、そりゃもうめちゃくちゃ古い。だからって住人を目の前にしてボロいとはっきり言うことはないだろうに。だいたい、池袋の家賃相場が高すぎるから、こんなところに住んでいるわけで。僕だってできるならもっと綺麗な所に住みたいよ、と帝人は心の中でため息を付いた。
「しかも一階なの?大丈夫なのここ、防犯とか」
「こんなボロアパートに好き好んで盗みに入る泥棒なんているんですか?中もすごいですよ、何年前の物件だ、ってかんじで」
「いや、それ自慢するとこじゃないでしょ」
妙な顔をしている臨也を尻目に、鍵をドアノブに入れてくるりと回す。かちり、と音がしたのを確認してドアを開けようとしたら、何かにつっかえた。
「・・・え」
もう一度、今度はゆっくりとドアノブを回すが、やはり鍵がかかってしまっている状態のようで、開かない。嘘、と帝人は息を飲んで、家を出たとき鍵をかけたかどうかを考えた。間違いなくかけたはずだ。鞄から取り出して鍵をかけて、それをポケットに入れたのを覚えている。
「・・・どうしたの?」
一歩後ろで、黙りこんでしまった帝人に臨也が声をかける。帝人は泣きそうになりながら、今一人じゃなくてよかった、と臨也を振り返った。
「折原先生、鍵、っ」
泥棒、という単語が脳裏をかすめて、いまさらのように震えが走る。思わず縋るように臨也のコートを掴んで、帝人はもう一度鍵が、と繰り返した。
作品名:だから、側に居て 作家名:夏野