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だから、側に居て

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「落ち着いて、大丈夫だから。鍵がどうしたの?」
「ぼ、僕、確かに、家出た時、鍵閉めて・・・っ」
「・・・開いてたの?」
確認するような言葉に、帝人は首を縦に振った。こんなこと今まで住んでいて一度もなかったのに、どうしてこんな時に限って。どうしたらいいのかわからず、帝人はただ臨也のコートを握る手に力を込めた。
臨也は震える帝人とボロアパートのドアを交互に見つめて、やがてゆっくりと帝人の頭に手をのせ、撫でた。
「中に誰かいるかも知れないから、下がって。俺が開けるから、鍵貸して」
中を確かめずに警察だけ呼んで、ただの鍵の閉め忘れだったらとんだ人騒がせだ。たしかに中を確認するのは当然だと思う。けれども帝人が家を出たのは一時間程前の話で、たったそれだけの間に泥棒が入ったとして、中にまだ居る可能性は高いような気がする。
「で、でも・・・っ」
先生が危険だ、と戸惑帝人に、臨也は安心させるように笑いかけた。
「大丈夫だよ、俺は先生なんだから、生徒を守るのも先生の役目です。ほら、下がって」
帝人の手から鍵を抜き取り、代わりにその手にビニール袋を乗せて、臨也はつかつかとドアに歩み寄り、静かに鍵を回す。一応、中から物音がしないことを確かめるように耳を済ませてからドアをあけて中を覗き込んだ臨也は、しばらくして帝人を振り返って首を振ってみせた。
「これはちょっと、警察と大家さんの出番だと思う」
「え!?」
「荒らされてる上に、壁に穴が開いてる。隣も被害行ったんじゃないかな」
「え・・・えええ!?」




本当、人生って何があるかわからない。
駆けつけた警察に事の次第を説明し、同じく駆けつけた大家と隣家の住人にも繰返し説明し、盗まれたものはないかとチェックしに足を踏み入れた自室は酷い有様だった。畳までひっくり返しているところを見ると、どこかにへそくりがあると思ったのかもしれない。あいにくと貧乏な高校生で、全財産は諭吉さん一人程度で、しかもそれを持って外出中だったのは不幸中の幸いというべきなのだろうか。
「通帳や印鑑は取られてない?」
「あ、はい。カードしか持ってなくて、いつも持ち歩いているので。通帳は実家です」
「盗られたものは?」
ある、パソコンだ。
実際それ以外は何も無い部屋だったけれど、これはかなりの痛手だ。何しろチャットに掲示板にと、半分ほどネット依存症に近かったのだから仕方ない。穴をあけられた隣の部屋は、通帳を盗まれて非常に深刻な事態だったことを考えると、それだけで済んでよかったのかも知れないが・・・。
帝人は困って答えをためらう。なぜなら、被害があったと分かれば実家に電話が行くことが明らかだからだ。ただでさえ無理をおして出てきた都会で、泥棒被害にあったなんて実家に知れたら、問答無用で帰って来いと言われるのが目に見えていた。かと言って盗まれたパソコンをそのまま諦めるというのも、例え遊ぶためのブックマークとアプリケーションしか入っていないものだとしても、惜しい。
途方にくれる帝人の肩を、そのとき後ろから臨也が掴んだ。
「すみません、彼はショックを受けているようですし、質問は後日でもかまいませんか?」
どうやら言葉を失った帝人をフォローしてくれているらしい。帝人は臨也を見上げて、安堵の息を吐く。多分任せておけば大丈夫だと、意味もなくそう思った。
「どのみち、穴が開いた部屋で過ごすこともできないでしょう。緊急時ですし、彼は俺の家に保護します。連絡先は・・・」
「っ先生!?」
「いいから。まだ高校生なんだから、ホテルで過ごすわけにも行かないでしょ。荷物もそんなに無いみたいだし、とりあえず必要なものを持って家に来なさい。警察だって大人に連絡がつくほうがやりやすいでしょ」
そう言われてはぐうの音も出ない。唖然とする帝人を尻目に、臨也はテキパキと名刺を警察に預け、緊急時はこちらに、と学校の電話番号を書き足した。一応免許証を見せて身分を証明するのも忘れない。
結局臨也は本来の話術で警察を丸め込み、帝人の部屋から必要なものをまとめて持ち出すことに成功し、隣家の取調べがまだ続いているにもかかわらずタクシーで戦線離脱に成功したのだから、さすがとしか言い用がなかった。
「先生、あの、よかったの、これで?」
もう少し警察に協力しなきゃいけなかったんじゃないだろうか、と尋ねた帝人に、臨也は飄々とした顔でいいんだよ、とあっさり答えた。
「時間の無駄だし、大家と警察の電話番号は控えたからね。ところで帝人君は、俺に相談したいことがあるんじゃないの?」
「え?」
「何が盗られたの?」
目ざとい。
警察に言い淀んだ帝人の態度から、何か盗られたらしいが言いたくなくて葛藤していることまで察したらしい。この人は、教員じゃなくて探偵か何かになるべきなんじゃないかと思いながら、帝人は大きく息を吐いた。
「・・・パソコン、です」
「・・・デスクトップなら安いところで低スペックでも最低六万はかかるなあ。っていうか君、ネットビジネスやってるんじゃなかったっけ?生活の糧盗まれちゃ大変じゃないの」
「あ、バイトのこと忘れてました・・・」
しまった、うかつだった。ただでさえ貧乏なのに。
蒼白の表情になった帝人を、臨也は安心させるようにゆっくりと撫でた。
「どうして、言わなかったの?」
責めるでもなく優しい口調で尋ねられる。
いろいろと慣れないことばかりで極限状態だったのかもしれない。その手のひらの温度に安堵するように思わず息をつくと、ついでに涙がぼろぼろと零れ落ちた。
「・・・っ、どうしよう、先生」
見られたくなくてうつむいて、けれどもそのコートを縋るように掴んで、帝人はつぶやく。
「パソコンは大事だけど、でも、実家に連絡されたら・・・っ」
「帝人君?」
「僕、埼玉に戻らなきゃいけないかもしれなくて、そんなのやだ・・・!」
帝人は、たどたどしく事情を説明した。池袋には、親友の誘いでやってきたこと。そのさい実家では、相当のやりとりがあったこと。今も反対されていること。生活費を自分でかせげないなら連れ戻すと言われていること。
子供を心配する親なら脅してそのくらいのことを言うかもしれないが、帝人の親はやると言ったら本当にやるのだ。どんな事情があろうと、生活費が払えないと連絡したら即刻連れ戻されるに決まっている。
「・・・だから、パソコン盗られたって言わなかったの?」
ひと通りの説明が終わると、臨也が確認するようにそう尋ねてきた。帝人はもう返事をする気力もなくて、頷く。今の生活が好きだ。ホームシックになんかなってない。ワガママを言って出てきたことは確かだから、絶対に実家の世話にはならないと決めていたのに。
またじわじわと泣きたくなって目をこする帝人に、臨也はしばらく考えこんでから、よし、と頷く。


「わかった、じゃあそっちは俺が何とかする」


思いがけない言葉だった。
帝人は顔を上げて、臨也を見返す。相変わらず読めない飄々とした顔が、大丈夫だよ、と笑った。
「バイトが出来ればなんとかなるんだよね?じゃあ俺のノートパソコンかしてあげる。それならいいでしょ」
「先生、でも・・・」
作品名:だから、側に居て 作家名:夏野