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だから、側に居て

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緩やかな風が吹く






帝人は時々、この折原臨也という人間が魔法使いなんじゃないかと思うことがある。
混乱する頭を抱えたまま、高級そうな臨也のマンションに連れてこられて二時間。その二時間の間に、帝人が危惧していた問題はあっさりと解決されることとなった。
まず受話器を渡されて電話した実家には、臨也がでっち上げた事情説明であっさりとクリア。パソコンはデスクトップを買って以来使ってないというノートパソコンを預けられたが、スペック的には帝人の盗まれたデスクトップより高性能で文句の付け所がない。
帝人が呆気に取られている間に、臨也は警察に連絡して盗まれたパソコンについて話をつけ、それは自分のものであって帝人のものではない、ということにして置いて欲しいと正面からお願いし、見つかったら連絡をくれるようにと話をまとめた。そんなこと許されるのかと思ったが、案外正面から頼んだほうがいいこともある、と返された。
そして今、臨也はアパートの大家である中年女性に電話をかけ、三十分ほどの雑談の末に信頼を勝ち取ったらしい。生徒の心配を親身にしてくれる良い先生、という印象を持たれたことは確実だろう。電話を切った臨也は疲れたような顔をしながらも、終わったよ、と帝人を振り返った。
「あのアパートね、これをきっかけに改装するらしいよ」
「え!?」
「ほとんど建て替えに近いらしいんだけど。とりあえず口座からの家賃引き落としは一旦止めるって言ってるから、それはあとで俺から君の実家に話付けておくから」
「え、あの、それって、どういう」
なんだろう、この流れ。高速過ぎてついていけないんだけど。混乱する帝人に笑いかけて、臨也はソファの隣に座った。
「消防法の指導も入って、丁度いいから全面改築だってさ。来年一月には完成して、元の入居者は値上げなしで入居できるように計らうって話だけど」
「それじゃあ僕はどうすればいいんですか」
一月だなんて、まだ十二月にもなってないのに。途方に暮れた帝人の言葉に、臨也は不思議そうに首をかしげて、何をいまさらとでも言うように答えた。
「ここに居るんでしょ。何、あの客間気に入らない?」
「っそ、そういうことじゃないです。だって、二ヶ月も・・・!」
迷惑なんてレベルの話じゃない。自分だったらそんな長いこと他人を預かるなんて冗談じゃないと思う。現場検証が終わって壁が塞がれたら戻れると思っていたから、臨也の言葉に甘えることにしたのだ。こんなに長引くというのなら、アルバイトをこなして、それなりのお金がたまったらネットカフェ難民になったほうがいいのだろうか。
ここを使っていいよ、と通された部屋は綺麗で、ヘタをすれば六畳一間の自分の家より広そうだった。おまけにベッド、冷暖房完備。こんな居心地のいい空間を借りられてラッキーだなあと思えたのは、すぐ出て行くからだったのに。
「やっぱり、僕、ご迷惑を・・・!」
考えれば考えるほど、迷惑でしか無い気がして、帝人はまた泣きたくなった。
「今年中に出ていけるように、なんとか、」
「ダメ、何言ってるの」
いざとなったら、正臣に頼んで泊めてもらうかと考えていた帝人は、思いがけず強い口調で臨也が反対するのに、言葉を飲み込んだ。こんな声は初めて聞くな、と思う。いつだってシニカルに軽やかに、時には明確に生徒を見下すような口調の臨也だが、こんなふうに明らかに不機嫌な声を出すことは普段余りなかった。
「君は俺のお気に入りの生徒だよ?この寒空の下、ネットカフェにでも放り出せって言うの?そのくらいなら縛り付けてでもここに置いておくよ、冗談じゃない。大体、君はまだ未成年でしょ、成人に保護されて当たり前の立場のくせに、一丁前に迷惑をかけるからとか言ってるんじゃないよ。未成年は保護者に迷惑をかけて当然の生き物なの。それが恥ずかしいと思うなら、ここから出てくとかそんなことを考える前に、清く正しく美しく学生生活をこなしてくれたほうがよっぽど助かるんだけど」
怒涛のようにそんなことを言われて、帝人は思わず「は、はあ」と間抜けな声をあげる。それ以上になんと反論すればいいのか、全くわからなかった。まだ混乱もしているし、上手く情報が処理できない。
「大体、君のご両親によろしくお願いしますって言われてるし」
「けど、」
「居て」
臨也が言う。ソファの隣から手を伸ばして、うつむきがちな帝人の顔を両手で挟むようにして上に向け、もう一度。
「居てよ」
その声がまるで、懇願するようだったから。ああこんな声も初めて聞くな、と思いながら、帝人は。
「は、い」
気づいたときにはそう答えていて、その言葉に臨也は満足そうに笑うのだった。
こうして、折原臨也と帝人との、突然の同居生活は始まった。




水曜日の昼休みは、いつも臨也の資料室へと向かう。
単に五時間目の授業が現国で、使用するプリントを事前に貰いに行くだけなのだが、予鈴の二十分ほど前に尋ねて大抵そのまま珈琲をご馳走になる。日曜日にいろいろとあって、なし崩し的に臨也の家に居候することになった今となっては多少気まずい習慣であるにしろ、食後の珈琲の誘惑は捨てがたい。そんなわけでその日も、帝人はいつもどおりに校舎の最上階にある資料室へと向かった。
階段を上がって廊下に出ると、臨也の資料室の前に人影が見える。何事かと思えば、それは化学の矢霧教員と他ならぬ臨也の姿だった。
「あ・・・」
そういえば、あの2人は付き合っているという噂もある。
見目麗しい美男美女カップル、確かにお似合いだ。けれども帝人はいつもその噂を耳にすると、なぜか胸が痛むようで不思議な気持になった。それに、矢霧波江の異常なブラコンは有名で、その波江が臨也と付き合うというのが想像しにくいのもある。
「とにかく、あなたばかりいつまでも逃げられると思わないで頂戴。いいわね、来週よ」
「分かったよ、しつこいな。ちゃんと行くってば」
そっと近くに寄れば、そんな会話が聞こえてきた。仲良く談笑しているという空気ではない。どうしたものかと考えている帝人を、目ざとく臨也が見つけて、ほっとしたように息をつく。
「ほら、生徒がプリント取りにきたから、その話はまたあとで」
「待ちなさい、ちゃんと出席のほうにサインをしなさい!」
「彼、1年A組のクラス委員だよ?君の大事な弟、何組だっけ?」
何事か臨也に詰め寄っていた波江は、その言葉に帝人を振り向き、A組の用事なら仕方が無いわね、と素直に引き下がった。くるりと背を向けてつかつかと遠ざかる背中を見送り、なぜか帝人まで安堵の息をつく。
「やれやれ、助かったよ」
はーっと大きく息を吐いた臨也が、帝人を手招きするので、それに応じて資料室に入った。帝人を押し込めるように後から資料室に入った臨也は、波江が戻ってくることを警戒して鍵までかけて、それでようやく肩の力を抜く。
「あーもう、大人の付き合いってやつは鬱陶しいねえ!」
「えーと、お疲れ様です?」
帝人は既に定位置となった、臨也のデスク横のパイプ椅子に座った。臨也もまた、ほぼ帝人専用となりつつあるマグカップを取り出し、当たり前のように2人分の珈琲を入れ始める。
「何だったんですか、さっきの?」
「来週の週末さあ、PTAの懇親会あるの。ま、ようするに飲み会」
作品名:だから、側に居て 作家名:夏野