Second Doll
「ご迷惑でなければ」
と返事をした少年は、ごくアッサリと赤林についてきた。
というか、この従順さは危ない。どこかで怪しい中年にでも喰われちまうのではないか、と自分で連れてきておきながら赤林はそんな心配をする。
きょろきょろと連れてこられたマンションの部屋を眺めていた少年―道すがらミカドと名乗った―は、ふと物言いたそうな目で赤林を見上げた。
「ん?どした」
「いえ、あのぅ、なんていうか・・・生活観のない部屋だなぁって」
「ああ、まぁそうだな。ここはほとんど寝に帰るとこみたいなもんだしな」
ときには帰ることさえない日もある。当然、キッチンは一度も使われたことのないままだし、冷蔵庫の中身はアルコールと水、軽いツマミ程度があれば良い方だ。積み上げられている新聞の山だけが、簡素な生活感を出している。
「そういや、晩飯は食ったのか?」
「えっと・・・・実は、まだ食べてないです」
きゅるきゅる、とミカドの薄い腹が音を立てる。恥ずかしそうに言ったミカドの顔が可愛くて、赤林の顔にも笑みが浮かんだ。
「あー、冷蔵庫の中には碌なもんが入ってねぇからなぁ。店屋物でも取るかぁ?」
どこかにチラシでも入っているだろうと新聞の折込を見てみると、ピザ屋のそれを見つけた。ご丁寧に10パーセントoffの割引券まで付いている。
数十分後、部屋のテーブルにはチーズとサラミがたっぷりと乗ったピザと、フライドポテト、コーラとビールの缶が並んでいた。
1~2人前の一番小さなピザを頼んだミカドに、この年齢の男子がコレで足りるのかと赤林は不安になった。美味しそうにピザを頬張るミカドの横で、一緒に頼んだポテトをツマミに赤林はビールを飲む。付属のレッドペッパーを躊躇なくポテトにかけたところを見ると、ミカドは結構辛口が好みらしい。ピリッとした塩気の効いたポテトはビールのあてにはちょうど良かった。
結局ミカドは頼んだ一枚のピザを全て食べ切ることはできず、二切れが赤林の腹におさまった。
「これで本当に足ってるのか?」
「もう、お腹いっぱいです~!」
近頃の少年は少食なのだろうか、と赤林は思う。自分がミカドくらいの年齢のときは、今回のよりもワンサイズ大きなピザもペロリと平らげ、他にポテトやらチキンやらも余裕で食べていた。今となっては年齢と共に量も少し減って、脂っこいものを倦厭するようになったが。
さて、満腹になって夜もいい時間になっている。あとすることといえば、お風呂に入って寝るだけだ。
先にミカドが入浴するよう指示すると、とても恐縮して遠慮したが、強引に言い含めて浴室に行かせる。
そういえば着せるパジャマがなかったと思い当たる。赤林の部屋に来る前に、ミカドがコンビニで下着や歯磨きセットを買っていたのは覚えている。さすがにパジャマはコンビニに売っていない。仕方がないので、洗濯していた自分のパジャマを脱衣所に置いておいた。絶対にサイズが大きいことは明白だったが、何もないよりは良いだろう。
あとは寝床の確保だが、当然ながらベッドは一つしかない。そういえばリビングに置いているソファーがベッドに変形するらしいと聞いていたので、適当に動かしてみる。
「お、最近のはスゲェなぁ」
適当にクッションやらブランケットやらを置いてみると、簡易にしては良いベッドが出来ていた。
「スイマセン、お先に上がりました」
「おう」
バスタオルを肩に掛けて出てきたミカドを見ると、予想した通り見事にパジャマのサイズが合っていない。まるで子どもが間違って父親の服を着てしまったような風情だ。
「ククッ、やっぱりサイズでかかったな」
「笑わないでくださいよ!・・・でもありがとうございます」
唇を尖らせて言ったミカドだったが、すぐに表情を改めて礼を口にする。上気した頬がピンク色で可愛らしい。まだ逆上せているのか、濡れたように潤んでいる瞳で見上げられると、不意にドクリと鼓動が鳴った。
「あっと、一応そこに寝床作ったんだが…」
誤魔化すように赤林がリビングのソファーベッドを示すと、子どものように喜んで近づいた。
「わぁ、スゴイ!これってさっきまでソファーでしたよね?」
楽しそうにベッドに乗ると、アレコレと詮索しだす。
「じゃあ、おいちゃんは風呂に入ってくるからよ」
「はぁい」
先ほど感じた動悸は気のせいと流すと、自分も一日の汚れを落とすべく風呂場へむかった。
赤林が風呂から出てくると、リビングが静かになっている。ソファーベッドを見ると、毛布をかぶったミカドがクッションに頭を埋めて寝ていた。
一日中公園にいたようなものだし、若いとはいえ見るからに体力のなさそうな身体では疲れたのだろう。それに心細くなかったはずがない。
リビングの照明を消すと、赤林もベッドルームに入ると就寝に着いた。
作品名:Second Doll 作家名:はつき