ピーターパンシンドローム
「大人に、なりたくないんだぞ……」
ぎゅぅ、と拳の色が変わるぐらい固く握られた手の平
なにがそうさせたのか、彼の海の色に似た瞳に大粒の涙
今にも零れ落ちそうなその雫を拭うことなく、彼は続ける
「あーさー、ぁ……」
それはある日の夜更け、
静かにドアが開き、頼りなく発せられた自分の名前
いつもみたいな、元気でそこら辺にいる少年と変わらない。そんな雰囲気は何処へ行ったのか、目の前の少年は頼りなく、儚かった
怖い夢でも見たのか、顔色が少し優れない
「どうした?」
読んでいた本から顔を上げる
少し暗めの部屋、灯りは就寝前だから手元のランプだけ
それでも少し暗いだけで十分の明るさはあった
ドアが静かに閉められて、少年は下を見つめる
ぽたり、ぽたり、大粒の雫が零れる様が遠く離れていても分かった
「アル?」
パタン、と読んでいたハードカバーの本に栞を挟んで閉じる
いつものように、泣きながら走ってくる彼はそこにいない
どうしたのか。そう首を傾げる
「おいで、アル」
カチャン、とかけていた眼鏡を外して、ドア近くで俯いたままの少年に話しかけた
それでも動こうとしない
本当にどうしたのか、どこか悪いのではないか。そう思ってソファーに沈んでいた腰を上げ、少年に近寄る
「本当、どうした……?」
目線を合わせるように、しゃがんで顔を覗きこむ
案の定瞳から涙が零れてて、心なしか瞼が赤い
小さく開いた唇から零れるのは小さな嗚咽
作品名:ピーターパンシンドローム 作家名:紗和