二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
宝生あやめ
宝生あやめ
novelistID. 18276
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

「蒼い太陽」 第一章 目覚める黒翼 (前編)

INDEX|2ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

いい加減『おばさん』という呼ばれ方に嫌気がさしたのか、少し呆れた顔で話した結城は、ブランドもののバッグから煙草ケースを取り出すと、そこから煙草を一本抜き取り、流れるような書体で”Il mare”(イルマーレ)と書かれた100円ライターで火をつける。琉夏が普段、嗅いでいる安っぽい煙草の匂いとは違い、甘い香りが煙と共に二人の間を漂った。
「結城・・・さん・・・?なんで結城さんは俺のお父さんとお母さんのことを知ってるの?」
結城の自己紹介を聞いて、琉夏はもう一度両親について尋ねた。その顔は先程よりも好奇心が強くなっているようで、結城の顔をじっと見ている。よく見るとまだあどけなさがわずかに残っていた。結城はそんな琉夏の表情を窺いながら、煙草の灰を灰皿に落とした。
「さあ・・・どうしてかしら。でも、あなたのお父さんもお母さんも、あなたのことをすごく愛してたわ。あなたは病弱だったけど、そんなところも二人はすごく愛してた。それなのに・・・あんなことになってしまって・・・」
最後まで言えないのか、結城は伏し目がちになりながら、そのまま視線をテーブルへと送った。最後まで言えない理由を、琉夏もよくわかっている。自分を病院へ連れて行こうとして事故に遭ったこと。その事故で両親が死んでしまったこと。事故の原因を知ってから、自分を責めるようになっていたこと。そういった現実から逃げたくて、今こうして馬鹿なことをしてるのかもしれないと思っていること。矛盾しているとどこかでわかってはいても、そうしないと自分を保てないような気がしていた。
「ところで琉夏くん?学校生活は楽しい?」
もやもやとした感情が湧き上がるのを、結城の言葉が遮った。琉夏は、無表情で答える。
「楽しくはないけど、嫌なわけでもないよ。行かなきゃいけないから行ってるだけだし」
すれた学生にありがちな理由だと、結城は思った。自分も学生の頃はそんなことを考えた時期があったからだ。特に義務教育の頃は、ただ行かされいてるという気持ち以外になかったような気がする、と思っていた。
「そう・・・でも高校は?三年生ならもう進路指導とかあったんじゃない?」
相変わらず煙草をくゆらせながら、結城は軽く頬づえをついて琉夏に聞いた。聞かれた方の琉夏も頬づえをついて淡々と答える。
「高校ねぇ・・・行っても行かなくてもいいかなって思ってる。別にやりたいことがあるわけでもないから」
無気力な言葉だが、それが琉夏の本当の気持ちだった。やりたいことがあるわけではない。それに高校に行ってもきっと、今と同じような生活を送るだけだ。それならいっそのこと行かなくてもいいとさえ思っていた。
「そっか・・・じゃあ、琉夏くんが高校に行ってやりたいことが見つけられるように、いいこと教えてあげる」
まるで琉夏の答えをわかっていたかのように、結城は少し微笑みながら煙草の火を灰皿に押し付けた。その様を見ていた琉夏が要らぬお世話だといわんばかりに結城から目を逸らして窓の外を見る。午後を過ぎ、大通りも人が増えていた。自分の学校の生徒も何人か見かけて、琉夏は今日が終業式だったことを思い出す。無論、琉夏は朝の朝礼だけ顔を出し、終業式には出ていない。
「あなたのお父さんとお母さん、事故で死んだってことになってるけど・・・本当は違うのよ。本当はね・・・殺されたの」
結城がそう言うと、琉夏は大きく目を見開いた。同時に、ウエイトレスが注文した品を運んできたのだが、琉夏の時間だけが止まっているようだった。店内に流れる穏やかなクラッシックのBGMも、ウエイトレスの「お待たせしました」の声も、食器をテーブルに置く音も聞こえなかった。ただ、結城の発した言葉だけが琉夏の耳に留まり続けた。
 ほんの少しの静寂が、まるで何時間にも感じられる。その静寂を琉夏は嫌うかのように驚いた表情のまま、たどたどしい口調で言った。
「殺された、って・・・」
自分の知らない言葉に、琉夏もどう言っていいのかわからないようだった。ずっと事故で死んだと思っていた両親が殺されたなどと言われては、琉夏も動揺せずにはいられない。
「あの事故はね・・・はじめから計画された殺人だったの」
結城の前に置かれたコーヒーの湯気が、重くのし上がるようにぐるりと渦を巻いて消える。ローズ色のグロスに彩られた唇が堰を切ったように動いた。
「あなたのお父さん・・・桜井健二さんはとても仕事のできる人だったわ。有能で実直で、曲がったことが大嫌いな人で。だから会社が悪いことをしてるって気がついた時も一生懸命、それを暴こうとしてたの。でもそれに気づいた会社の悪い人が自分たちの行いをバラされちゃまずいって思って、それでずっと健二さんを見張ってたのよ。そしていよいよ行動を起こそうとした健二さんをあの寒い冬の夜に家族共々、事故に見せかけて・・・」
あまりに重すぎる話だった。言いかけた結城の言葉を琉夏が震えるような声で止める。
「嘘だ・・・そんなの・・・だって・・・」
「信じられないのも無理はないわ。結局、あの”事故”は、警察もさんざん調べたけど事件との関連性はなかったってことで終わらせてしまったし。私も何度か警察に調べてもらえるよう頼んだけど駄目だったわ。・・・でも、これが事実よ」
はっきりと言い切る結城に、琉夏の瞳が激しく揺れ動いた。目の前に差し出されたホットケーキの上に乗ったバターは、もうとうの昔に溶けてなくなっている。ココアの湯気も消え失せ、薄っすらと膜ができていた。結城はそんな琉夏を見ると、やっとコーヒーに手をつけ、一口だけ口に含んだ。
「でも・・・じゃあ・・・お父さんとお母さんを殺した奴って・・・」
思い出したように、琉夏が俯いた顔を上げて結城に訊いた。まだ頭の整理が完全にできたわけではなかったが、結城はまだ知っていることがあるかもしれない、琉夏はそう思うと訊かずにはいられなかった。
「今でも生きてるわ。家族と、とても幸せに暮らしてる」
何かを確信したように、結城は言い終わると姿勢を正しながら口元を少し吊り上げた。妖しげな雰囲気を持つ女だが、琉夏にとってそんなことはどうでもよくなっていた。自分の両親を殺した人間が、今も生きている。しかも家族と幸せに。その事実にうろたえつつも、次第に憎悪の念が琉夏の体の中に湧き上がってきていた。
「でも、それと俺の高校進学にどういう関係があるの?」
「今、琉夏くんは私の話を聞いてどう思った?・・・憎い、って思ったんじゃない?」
訊いたはずの琉夏は結城に図星を突かれる質問をされて、真っ直ぐに見つめていた結城の顔から目を逸らした。自分は両親を亡くし、従弟の家でひっそりと生きている。確かに家族や兄弟の仲が悪いというわけではないが、それでも本当の家族ではない。その事実は変わらない。それなのに、自分の両親を殺した人間は、今ものうのうと生きている。しかも、家族で幸せに暮らしている。それは琉夏の心を憎しみに変えるのに十分すぎるほどだった。