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さよなら、大好きな人

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「…でも、夢じゃなきゃなんだよ。ヴォルフラムが地球に来てるんなら別だけど」
「ここは眞魔国だ。ぼくはさっきまで朝番の兵士たちと訓練を………」
 訓練を、していたはずだ。なのに、そういえば兵士の姿が見当たらない。なにより、ここはどこだ。
 首をめぐらせても、周囲には何もない。ただ乳白色のもやがかかった空間が広がるだけ。これでは、確かに夢の空間といったほうが相応しい。
「……ここはどこだ?」
「だから、おれの夢の中だろ?」
 納得したかと聞く男に首を横に振ると、掴まれたままの手を放せと振る。握られる感触は温もりもあって、これが夢ならば頭がおかしくなったとしか思えない。
「帰る。放せっ! 有利に似た格好で、ぼくを惑わせるなんて悪質すぎるっ」
「待てって。おれは渋谷有利! そりゃ、ちょっと歳取ったけど、否定すんなよ」
 寂しいだろと横を向いて呟くけれど、腕だけはがっちり握って放す気配もない。
「ぼくの知っている渋谷有利は、16歳のへなちょこ魔王だ」
「おれが眞魔国に戻れなくなって何年経ってると思ってるんだよ。8年だぜ? 年もとるに決まってる」
 1年が365日だから、8年だと何日だ? 片手で指折り数える男の言葉に、唖然とする。眞間国でも100日経った。だけど、地球と眞魔国の時間の流れは異なっているとはいえ、ここまでの隔たりがあったなんて聞いていない。
「そっちはどれぐらい経った? ヴォルフの見た目は変わってないけど、魔族の年齢ってよくわかんないからさ」
 二度目の絶句に、困った顔で笑う有利もどきがいる。有利と似た顔で、こんな諦めた笑顔なんてさせたくない。泣きたいのか叫びたいのかわからないまま、その場に座り込んだ。
「……ユーリがいなくなって、100日ちょっとだ」
 この男が本当に有利であるのならば、なぜもっと早く出会えなかったのか。何千日も経過して、懐かしい、なんて他人事の感想が零れるまでどうして放置していたのか。どうして、という言葉ばかりが溢れてくる。
「ヴォルフ……泣くなよ」
「泣いてなんかいない。あ、呆れているだけだっ」
 そう、呆れてものが言えないだけ。男は黙ってしゃがみこむと、顔を隠すように人の身体を抱きしめた。


「……ってわけで、急に向こうに戻れなくなって、色々試したんだぜ。スイスにも行ってボブに力を借りてみたりしたけど全然駄目で、そのうち村田とも連絡がつかなくなってさ。大学生になってからあいつ、東京でひとり暮らし始めたんだよ」
 有利もどきと並んで座ると、つらつらと彼はそれまでのことを話し始めた。村田や勝利、美子にボブ。半分ぐらいは知っている人物だが、知らない彼らのことばかり。
「おれもそのうち全然眞魔国の話しなくなってさ。会社に勤め始めたらそれどころじゃなく忙しかったし……」
 それもそうだろう。この横の男すら知らない有利なのだから。自分の知っている有利は、へなちょこでも魔王であることに責任を持っていた。
「なぁ、ヴォルフ。そっちの話も教えてくれよ。グレタは、みんなは元気?」
 でも、まず最初にグレタの名前が出てくるのは、有利らしいかもしれない。
「――兄上たちは、ユーリがいなくなって忙しくしている。グレタは元気だ。でも、ユーリが心配だといって泣いたぞ」
「…………そっか」
 そう思ったのも束の間、動揺し慌てると思った有利の返事は軽い。だからつい口調がきつくなった。
「戻らないのか?」
「戻れるもんなら、戻ってる!」
 こちらの非難に、さつきまで戻れない理由を語っていた男の口調も荒れる。初めて見た有利らしい有利の顔。だが、慌てて彼は咳き払う。
「悪い。……もう、向こうに渡るだけの魔力が足りないって言われたよ。眞王の力もないから、人間みたいな大きなものは移動させられないんだ」
 小さい物とかなら、向こうの力を借りれば何とかなるらしい。ただ、向こうと連絡もつけられない今、ほぼ不可能だと有利は顔を伏せる。
「では、ぼくは? 今の状況をどう説明するんだっ」
 この空間が、地球でも眞魔国でもないのはわかる。不可解な現象をどう説明すればいいのだろう?
「おれだって知りたいよ。夢で見る眞魔国はいつも昔の風景だったのに、今日に限ってヴォルフラムはおかしいし……」
「おかしいとはなんだ!!」
「あー、もうさっきから揚げ足取りばっかすんなって!」
 イライラする怒鳴りあいも、ともすれば懐かしい。結局顔を見合わせて、どちらともなく吹き出す。
 ひとしきり笑って、有利が地面に突く手に掌を重ねてくる。どうしたと顔を上げると、黒い瞳がじっとこちらを見つめてくる。
 大人びた、魔王有利の瞳の色だ。
「あのさ、ヴォルフ。おれが向こうに戻るのを諦めた最大の理由はお前なんだぜ?」
 それが途方もないことを言い出す。
「ぼ、く?」
「そう。ヴォルフラムに任せとけば、絶対安心だろう?」
 呆然と聞き返せば、ニコリと笑って重ねた手を強く握る。
「グウェンやギュンターは身体を壊さないか心配だよ。ふたりには絶対、重石役の人間がいるよ。コンラッドはああ見えて意外と誰かに支えてもらいたいタイプだしさ。グレタだって、まだまだ保護者が必要だ」
 ヨザックはひとり狼だけど、彼に国は必要ないしね。幾人もの人の名前を挙げながら、心配ごとを上げていく。なのに。
「でも、ヴォルフラムは心配しないよ。ヴォルフは強いからね」
 ようやく出た己の名前を突き放す。手の震えは、きっと掌越しに伝わっている。
 思わず伏せた顔に、もう片方の手を伸ばし、ユーリは顔を上げろという。今までかつて、この黒い瞳に逆らえたことはない。ずるいと目で訴えても、聞いてと許してくれやしない。
「おれが迷ったとき、悩んだとき。いつも背中を押してくれたじゃないか。本当はヴォルフだって泣きたいこともあったりしても、正しいことを真っ直ぐ見られる。そんな奴がおれのあとに魔王に就く。だったら、おれは安心してこっちにいられる」
 ……寂しいけどさ。続けられた言葉に、たまらず叫んだ。 
「勝手すぎだ! ぼくが、ぼくが強いなんて誰が決めたっ…ユーリっ!!」
「それでも、おれはヴォルフを信じてる。おれを助けてくれた、この腕をね」
 今でも鮮明に覚えている。――一緒に落ちてやると言ってくれた、力強い腕。コンラッドの離反で動揺したときに、自覚を促してくれた掌を。
 だから、ヴォルフラムが魔王になるならば、きっと眞魔国は大丈夫。
 何度も繰り返される優しい声。それに頷く以外のことができるだろうか?
「何千日もかけた男とたかだか百日程度のぼくと、同じ思いを抱けるはずがないだろうっ!」
 まだこの心は痛いほど傷ついて、癒えもしていない。それなのに有利はまだ血を流せという。なんてひどい魔王だろう。ならば、条件がある。
「ぼくに魔王を継げとお前まで言うな、ユーリっ。ぼくが魔王になるのは、お前が……お前が眞魔国に戻ってからだ」
「……いや、だから無理…」
「最高の魔王に相応しい、立派に退位の儀をしてやるっ。それが、条件だ!」
 帰ってきて欲しい。どんなに無理でも無謀でも。ひとりで立ってなんかいられないと証明してやる。
 そんな我侭に、有利は少しだけ考えるとゆっくり頷いた。
作品名:さよなら、大好きな人 作家名:架白ぐら