Ghost
唐突に覚醒した。
ふ、と眼を開いた三成は、一瞬己がどんな状況にあるのかわからなかった。眼前にあるのは妙に低い天井で、見慣れた施設のものとは程遠い。意識するよりも先に、濃い紙の匂いがつんと鼻に突き刺さる。
ぼうっとしたまま視線を周囲に投げかける。そこかしこに積まれた本の山、厚い束になった紙が床にまで散乱し、無機質な蛍光灯の光が眼を刺す。三成が寝ているのは寝台ではなくソファの上だった。
ここは、どこだったか。
――何が、あったのだったか。
三成の頭がやっと現状を認識しようと働き出したところで、
「眼が覚めたかい?」
涼やかな声が降ってきた。
ばっと勢いよく身を起こした三成の視線の先で、雑然とした部屋の中、研究机の前に立って資料を手にした青年が振り返った。
三成の髪にも似た、光を浴びてやわらかく透ける髪。清冽な容貌は優しげな造りをしていたが、その澄んだ眼に宿る鋭さが、柔らかさだけではなく冴え冴えとした印象を与えていた。
そしてその奥の研究机には、峻厳な雰囲気を纏いながら、手元に何かを書きつけているもう一人の男が座っている。彫の深い顔立ちは学生とは思えない威厳に満ちていた。
その男の鋼色をした眼が、三成を視界に捉える。
昨日知ったばかりのふたつの顔を見た途端、三成は自分の醜態を思い出した。どん、と再び己の心臓が飛び跳ねて暴れた。
「君、昨夜の親睦会で倒れてしまったんだよ。覚えている?
ただ、かるく酔いが回っただけみたいでね。診てみても問題なさそうだし。どうやら君の家を知っている人がいないようだったので、ひとまずこの研究室へ」
「申し訳ありません!!」
三成は事情を悟ると同時に叫んだ。
他人にそんな言葉を発したのは生まれて初めてだったが、心臓が飛び出すほどの驚愕と畏れ多さをどう宥めればいいものかわからなかった。恐怖にも近い感情を持て余して、戦慄く口を何とか動かし、三成は必死で謝り続けた。
「すみません、あんな場所で、まさか、……御手、を煩わせて、本当に、申し訳、ありません」
荒い呼吸をしながら途切れ途切れに言葉を紡ぐ下級生の姿に、学内で伝説と言われる青年もさすがに呆気にとられた。後ろの男に目線を向ければ、滅多に表情を動かさない友人も、かすかに驚いた顔をしている。
青年はやや困ったように、眉をひそめて言葉をかけた。
「いや、君、そこまで恐縮しなくても」
三成は血の気の引いた顔で首を振る。
「ご迷惑を……貴重な御時間を、いただいて、こんな、―――至らない私にっ……」
「あのね、君」
「すみません」
胸のうちが張り裂けてしまいそうな言葉を吐き出すように、喚くように、叫ぶように、縋るように。
三成は赦しを求めた。
「申し訳ありません、秀吉様……半兵衛様……!」
沈黙が落ちた。
三成は青褪めて真っ白となった顔を伏せたまま、視線をあげることすらできない。ひりひりと肌を刺すような静寂に、三成があまりの緊張でもう一度意識を失うかという心持になった時―――
ふ、とその場の空気が緩んだ。
そして顔を伏せたまま眼を見開いた三成の耳に、はじける様な明るい笑い声が響いた。
「君、ずいぶん極端だねえ……!」
おかしくて堪らないという声に、三成が恐る恐る顔をあげる。その眼に映ったのは、口元に細い指先を当てながら、くすくすと楽しげに笑う青年の姿だった。
「いいよ、」
彼は、澄んだ声音で柔らかく告げた。
「ゆるしてあげる」
そうして悪戯めいた光を眼に湛えて、言葉を続けた。
「罰としてここの資料の整理を手伝ってくれたら、だけどね。――ねえ、秀吉?」
彼が楽しげに振り返った先で、少しだけ目元を緩めた堂々たる男が確かに頷くのを見て、
三成の頬を涙がひと筋すうと流れた。