Ghost
久々に会って昼食をとろうということになり、待ち合わせた家康と元親は、学内の食堂で向かい合わせに座った。安い割に案外良い味のする丼をかき込んでいると、不意に元親が顔をあげて尋ねた。
「なァ、最近石田を見たか?」
「いや、」
家康は首を横に振る。
「場所も遠いからな、ワシの場合は今までよりもさらに少なくなった。顔を見るほうがよほど珍しいな――三成が、どうかしたのか」
家康が話を向けると、元親は難しい顔をして首をひねる。
「いや、何でもないっちゃあ何でもないんだが……」
そう言いながらも落ち着かないのだろう、元親は手を止めて話し始めた。
「二週間くらい前にな、あいつと飯を食う約束をしてたんだが。寸前になって『急用ができた、行けなくなった』ってェ連絡がきてな」
「……珍しい」
家康も首をひねることになった。三成は、元親相手だと家康には想像もつかないような一面を見せる。それほどの仲の相手は他になく、これまで三成が元親との約束を反古にしたことなどなかったはずだ。
「急にってのは初めてでな。ちょっと気になって聞いたらよォ、『話している時間が惜しい』っつって切られた。ま、そういう態度自体は珍しかねえが、なにせ約束破るのは嫌いな奴だから何かあったのかと思ってよ。
ここしばらく捜してんだがあいつ、見当たらねえんだ」
「見当たらない?」
「同じ学部の知り合いに聞いてみたら、どうも必須科目にも出席してねえ。自習に良いってんで気に入ってた図書館に居座ってるわけでもねえ。電話は繋がらねえし、たぶん電源切ってるままだなありゃ」
「大学自体には来ているのか?」
元親は肩を竦めた。
「大谷って知ってるか?あそこの院長の息子サンな。一応聞いてみたら毎日家は出てるってよ」
逆に問いただされそうで誤魔化すのに苦労したぜと言って、元親は言葉を切った。微妙な顔をしていた。もともと付き合いが良いわけではない青年が、二週間姿を見せない。逆にいえばそれだけだ。問題というには些細だが、引っかかっている、そういう顔だ。
「……必須科目まで、というのが少し気になるな」
「なァ。あいつ、授業は絶対出席主義だろ」
「―――ワシも捜してみよう」
家康は頷いた。
それから家康も、人に聞いたり自分も違う学部を歩きまわってみたりと動いてみた。
三成の外見は、この多種多様な人間が集まる場所でも際立って目立つ。尋ねればそれなりに答えが返ってくることが多い。
その結果、確かに三成がここ数週間、忽然と姿を消していることがわかった。
元親が言うように、確かに何でもないといえば何でもないことだ。帰宅はしている以上何か事故にあったわけでもない。だが家康はそれが事実と知って、一気に落ち着かない心持になった。
家康は三成の動きをいつも追っていたわけではないし、偶然がなければひと月以上顔を見ないこともあった。それでも偶然にしては奇妙な程に彼らは出会う。避け続けた年月からそういうものなのだと理解していたから、出会わぬ期間も家康は何ら気にしていなかった。
だが三成が自分から姿を消して何かをしているということは、自分の意志で家康から眼を離しているということだ。
あの、臓腑まで貫こうというぎらついた眼で絶えず自分を見据えていたはずの相手が、いつのまにやらその眼を他のことに向けているらしいと知って、家康は喜びではなく何か据わりの悪い気分を味わった。
もちろん、その眼で貫けと望んでいるわけではないのだが。
突然いつもそこにあったものがないと気づくというのは、どうにも――
と、学内のベンチに座りながら己の気持ちを持て余していた家康は、その視界を見慣れた銀色が通り掛かったのを見てはっと視線を向けた。
人目を奪う程の端正な顔立ちをした、けれど人を拒絶するしんと冷えた空気を纏う青年。
そこにいたのは見間違えようもない、三成だった。
三成は、よく似た色の髪をした男に足早に連れられている。その先導する人物が三成の腕を掴んでいるのを見て、ざわりと家康の胸が騒いだ。
三成は他人との接触を好まない。家康はそれを知っている。
それなのに今の三成は、どこか顔を伏せてその男の背を追いながら、少しも不快を示してはいなかった。家康は意識もせずに立ちあがり、ふらりと足を踏み出した。
「まったく、ずっとあそこに籠っていたなんて」「自分の学業を優先しないなんて問題外だよ」近づくにつれてそんな言葉が聞こえてくる。どうやら相手は三成が姿を隠していたことに関係しているらしい。
自分たちを目がけて近寄る相手を視界に入れたのだろう、三成の腕を引いていた青年がふと、流れるように瞳を家康へ向けた。