はらだたしいおとな
デンジさんは口の中のみかんを一房飲み込んでびっくりしてみせた。まあ確かに僕が急にデンジさんのところに来ることは初めてじゃないし、だからもう勝手知ったる他人の家って感じだし、だけど僕はまだ子供なので多分そのへんの機微をわかってない。デンジさんはなんだかんだ言ってやさしいので(そしていい具合に適当なので)なんにも言わないけど、本当はきっといろいろ邪魔しているんじゃないかと思ったのだ。仕事はともかくプライベートね。特に。でもなんて言ったらデンジさんは本当の気持ちを言ってくれるだろう。やっぱりやさしいから、正面からこんなこと言ってもきっと別にいーよの一言で終わる。案の定デンジさんは黙り込んだ僕をみて「別に気にしてねえよ」と言った。
「いつものことじゃんこんなの」
「……いつも、ごめんなさい」
「おまえほんと今日どうしたの?」
「いや、あの、……デンジさんて」
「なに」
「やっぱり年上好きなんですか」
「……なんて?」
「あ」
間違った。まで口に出すとデンジさんはハハハと珍しく声をあげて笑った。なんだおまえませてんなー!て、さすがにそこまで子供じゃないと思う、って思ってること自体が子供なんだけど。僕らの足元に寝そべっていたレントラーがいかにもうるさいという顔をして部屋を出ていく。なんとなくそれを目で追って、ゆっくり視線をデンジさんに戻すとまだにこにこしていた。にやにやかな。デンジさんはまたみかんを食べて、そうだなあ、と言った。
「まあ嫌いじゃねえな」
「いや、いっつも彼女さんが年上ぽいから」
「あー、うん、そうな。なんでかね」
「あ、無意識なんですか」
「うん、まあ意識的に年上選んだことはないけど。でもやっぱある程度落ち着いてるとか、包容力があるとか、そういう女が好きなんじゃねーかなあ」
「…マザコン?」
「男はみんなマザコンなんだよ」
デンジさんはそう言ってたばこに火をつけた。いちいち断らないことが、僕がデンジさんと過ごした時間がある程度長いことを証明しているようですこしうれしくなった。灰皿は出してなかったので、僕はわざわざこたつから出て灰皿を持ってきてあげた。ついでに、デンジさんの向かい側じゃなくて横に座ってみた。ちょっと不思議そうな顔で見られたけど、特に何もなく受け入れられてしまった。やっぱりデンジさんはかなりやさしくて、面倒くさがりだ。