やっちゃった
2人のきょとんとした瞳がぶつかり合う。
お互いの間抜けな顔を見るのは、あの日の朝以来だ。
(う、うぉわぁぁぁっ!!言っちゃった!ぽろっと言っちゃった!なんかすごい真剣な感じで言っちゃった!あ、でも本当のことなんだから良くない?いや良くない!拒否られたら俺は飛び降りれる!)
転がっていた体を必死に起こす。
いざとなったら窓に走り寄ろうとしびれる足を叱咤しながら、震える足で立ち上がる。
帝人は臨也が立ち上がるのにあわせて上向きになっていく視線を反らすことができず、茫然と臨也の顔を見ながら立ちすくんだ。
ぽかんと開いたままの口を閉じることも忘れて頭を働かせる。
(なに、今の真に迫った感じ。いやいやいやきっとこの手で女の人はコロッといっちゃうんだ!自分は特別かもとか思っちゃうんだ!騙されるもんか・・・騙されてなるもんか!)
口をぎゅっと閉じて、眉間にしわを寄せた。
いっそ殴りかかってやろうか、なんて思いながら「何を馬鹿なことを」と吐き捨てた。
「またからかって・・臨也さんって情報屋より結婚詐欺師とかのほうが向いてるんじゃないですか?」
「からかってなんかないよ!俺はただ・・・あーっもう!」
ぐしゃぐしゃと髪をかきむしる。地団太を踏みたい気持ちだったが、まだ足を動かす自信がない。
今の自分がかっこよくないのはわかっているけれど、ここでコケたりするとかさらに減点ポイントを稼ぎたいわけじゃない。
(ここで帝人君をからかったりとか好きって言ったの否定したら、もう二度と信じてくれない気がする!それって完璧に終わりじゃん、それはダメ!絶対にダメ!)
からかったり人をイラつかせる喋りをすることに関しては他に引けを取らないことはよくわかっている。
そしてそれが無意識に出てしまうことも知っている。だからこそ、今ここで失敗するわけにはいかないと言葉を選ぼうとした。
「俺はっ!こんな、酒とか、こんな・・その、裏ワザ使ってでも帝人君とやりたいんだってば!!」
言ってから(しまった、ただやりたいだけって思われたらどうしよう!?)と考えるが、一度出てしまった言葉は取り消せない。
否定をする前に、侮蔑の表情で帝人が冷たく切り捨てる。
「性欲処理なら風俗でも行ってください。よりにもよって僕なんて・・・」
(どうしよう、泣きそうだ)顔を両手で覆ってしまいたかったけれど、それはプライドが許さなかった。
こんなこと何でもない、と自分に言い聞かせる。覚悟していた状況になったからってなんだというんだ、と奮い立たせて必死に臨也を睨み付けようと視線をきつくする。
(好きなこと気付かれてるんだ、きっと。だから後腐れないとか思って)
あの日の夜のことを覚えている。臨也の背に手を回して、その熱を受け入れたことを知っている。
それは帝人にとってとてもとても大きな事件であり、とてもとても大切なことだった。
一生に一度、と思えるくらいに必死な恋だった。その行為が臨也にとっては吐き捨てるほどある経験のうちの一つでしかなかったとしても、帝人には嫌になるほど特別だった。
だからこそ、こんなにも簡単に手を伸ばそうとする臨也が信じられなかった。
「処理なわけないだろ!俺は、本気で・・・っ、帝人君が好きなんだって!」
「・・・っ」
固く拳を握って叫ぶ。
泣かせたいわけでも怖がらせたいわけでもなかった。ただひたすら帝人に触れたかった。
「愛してるから・・っ、君に触れたかった!」
今だって、その泣きそうに歪んだ頬に触れたい。
冷たさを保とうとして揺れる眼差しを、穏やかな笑顔に変えてあげたい。
臨也がそう思っていても、帝人は頭を振るだけだ。
(なんでそんな顔するんですか、本当に本気みたいな・・・信じられるもんか、それなら)
「なんで、お酒なんですか」
「・・え?」
「やりたいとか、好きとか、それならそう言えばいいじゃないですか。わざわざお酒の力借りなくても、そう言えば・・・」
僕だって好きと言えたのに、と心の中だけで呟く。
(僕のことなんて好きじゃないから、だから言わないで、お酒で誤魔化そうとして!)
涙の滲み始めた視界が苛立つ。その視界の向こう側で、臨也が悲しげに目を伏せた。
「・・・言えば、拒否されると思ったから・・・帝人君にフラれるのが怖かった。だからいっぱい考えて、どうしたら君に好きになってもらえるのかとか、考えて、考えて・・あの時の熱燗だって、酔った帝人君が見てみたいっていうのと、お酒が入ればちょっとぐらい俺も大胆に近づいても許してもらえるかなとか思って」
あの時、腕の中に収めた帝人の熱に、心が満たされた。
酔いがまわった頭でも、幸せだと感じた。
「でもやってから後悔した。軽蔑されたらどうしようって思って、会いに行くのも怖かった。会ったら会ったでテンパって何言ってんのか自分でもわかんないし、もう帝人君の夢ばっか見てとまんなくて」
ぐしゃりと髪を握りこむ。情けない男の姿に軽蔑されていないだろうか、恐る恐る視線を合わせれば帝人が口を開く。
否定の声を聞きたくなくて、必死に言葉を言い募った。
「・・・・いざ、」
「俺は、本気で、本当に帝人君が好きだよ。この折原臨也が、お酒の力借りないと怖くて触ることできないぐらいには君が好きだよ」
そう言って手を伸ばす。緊張で冷たくなった指先が帝人の頬に触れた。
その手を逆に握りこんで、頬に押し当てる。目の前の情けない表情の臨也が、帝人の動きに肩を震わせたのがわかった。
「っなんですか、もう!僕だっていろいろ考えて・・っ、ばか!」
「ごめんね」
手をほどいて、帝人の小さな体が臨也の胸に飛び込んでくる。
その感触を逃がさないように、ぎゅぅっと力強く抱きしめれば、帝人も遠慮がちに背中に手を回す。
臨也の胸に顔を押し付けると自分よりも速い鼓動が聞こえて、少しだけ回した手に力を込める。
「臨也さん、好きな料理、なんですか」
唐突な質問に臨也の目が瞬いた。
ミスってはならない!と緊張に背を強張らせて
「え・・?えぇーっと・・帝人君が作ってくれた料理、かな。うん」
どう?と視線で胸元にある愛らしい顔に語りかける。
きゅっと眉を寄せた帝人に(ミスった!?振られる!?)と、抱きしめる腕にさらに力をいれて逃がさないようにする。
下唇を突き出すようにしてムッとした表情を浮かべた帝人が上目づかいに臨也を睨み付ける。
「男は胃袋でつかむべし、だそうです」
「?」
首を傾げる臨也に、
「いいですか、これから―――」
そう言って帝人が告げた言葉に、臨也は破顔すると帝人を全力で抱きしめた。